一回・・・二回・・・
新幹線で半日の距離が、こんなにも簡単につながっている。
ここに来る前。
このみが隣に住んでた時は、あいつの声を電話越しに聞いたコトなんてなかった。
第一、電話なんて必要なかった。
教室で。
そして、あいつんちで。
会おうと思えばいつでも会えたから。
だから、なおさらなんだよなー・・・
元々電話は苦手だけれど、おばさん達はまだしも拓さんなんて出ようものなら、何てからかわれるか判りゃしない。このみに取り次いでくれなんて、口が裂けても言えるワケない。
でも。
それでも今日は、あいつの声を聞こうと思った。
来週はいよいよ終業式。
インターハイはその四日後だ。
『応援行くから。絶対に』
このみの声を思い出す。
新幹線の予約、ホテルの準備。あいつちゃんとやってんだろーな。
・・・
「はい。織原です」
このみの声だ。
ほっとしておれは口を開いた。
――
「・・・こっ、浩平？！」
私ってば、電話の向こうの声を聞くなり、すっとんきように叫んでた。
だって・・・
だって、こんなに急に・・・
「何だよ。何あせってんだよ」
「べっ、別にあせってなんか・・・」
こいつってば、電話になると妙にするどい。
「ちゃんと切符とったか？来週だろ、終業式」
「う・・・うん。当たり前じゃない！」
私ってば、不自然なくらいにはしゃいで答える。
・・・
どうしよう。
浩平はまだ何にも知らない。
おばちゃんは、インターハイが終わったら、こいつに全部話すって言っていた。
それまでは、おじちゃんのこと。智兄ちゃんのこと。
全てが秘密だ。
でも。
・・・
電話の向こうにあいつがいる。
こうしている今も、間近に迫ったインターハイのコトできっと頭ん中は一杯で・・・
智兄ちゃんに勝ちたくて・・・
何とか背中に追いつきたくて・・・
ここまでがんばって来たあいつがいる。
けれどきっと現実は、そんな浩平の思いさえも押しつぶしてしまいそうに重たくて・・・
『近くにいたのに！おれ達、こんなに近くにいたのに、智一人に全部背負わせて！おれ達は誰も――何も――あいつにしてあげられなかったじゃないかっ！』
兄キの声が、頭の奥に浮かんで消える。
誰も・・・何にも・・・
そうだよね。
私たちは何にも智兄ちゃんに出来なかった。
一人っきりで、そんな思いを抱えていたコトさえ知らないままで。
私たちはぬくぬくと、自分のコトだけを考えて。
いつも。いつでも。自分の夢だけを追いかけて――。
「・・・おい！」
耳元にあいつの声が飛び込んだ。
「聞いてんのかよ、人の話！」
「・・・あ。ご、ごめん。なんだっけ・・・」
思わず小さく頭を振った。
「だから、400と1600と両方のリレーに出るからな。こないだ地図送ったじゃん。9時には競技場に来いよな」
向こうにいる浩平の、無邪気な笑顔が目の前に浮かぶ。
「判ってるよ。・・・うん。大丈夫」
「・・・何だよ？」
「え？」
「今、何か言おうとしなかった？」
えっ？えっ？
一瞬、頭の中がパニックになった。
「・・・なっ、何にも！」
「ウソつけ。でなければ、おれに何か言いたいコトがあるだろ」
「何にもないよ」
「来れなくなったのか・・・？」
「えっ？」
「こっちにさ。来れなくなったのか？」
・・・
こいつってば――！
こいつってば、こういう時に限って鋭すぎるよっ！
「だっ、大丈夫だって！何にもないよ！行けるから！うん。絶対行ける！」
「お前がさぁ、大丈夫、とか絶対、とか言う時ってその逆のコトが多いんだよな。おれの長年の経験からして」
・・・返す言葉が見つからない。
「言いたいコトがあるんなら言っていいよ。何だよ」
「別に・・・何でもないもん」
「・・・」
「ほんと。何でもないってば。ほんとにほんと」
「絶対だな」
「・・・えっ？」
「絶っ対何でもないんだな。これで何かあったらおれ、本っ気で怒るからな！」
・・・ちっちゃい時と変わらない。こいつのこういうものの言い方。
小さな拳を、逆手に突き出して威張ってみせる、小さい頃のあいつが浮かぶ。
不意に浩平の笑い声が弾けた。
「だから、そこで黙るなっての！ますます疑いたくなるんじゃん」
こっちは泣きたくなって来た。黙って受話器を握りしめる。
・・・
「・・・ま、いいや。お前と電話って、何かちょーし狂う」
「あの・・・さ」
「うん？」
「あの・・・ごめんなさい」
「は？」
「だから・・・その――」
ウソついて・・・
私、あんたにウソついて。
本当は・・・
浩平に会うのが怖かった。電話だからごまかせる。でも顔を見ちゃったら。
きっと、私ウソつけない。
何を、どんな風にあいつに話したらいいのかさえも判らないのに、自分が辛いから。
一人ではこの重さに耐えられないから。
きっと、あいつに話してしまう。
上手く伝えられるアテもないのに、一番サイアクな形であいつに向かって、ほんとのコトを話してしまう。
・・・
こんな自分が情けない。
「インターハイが終わったら・・・」
浩平の声に耳を澄ませる。
「少し、こっちにいれば？」
「・・・」
「どうせ夏休みなんだしさ。松山も来るんだろ？また雅巳も一緒に遊びに行こうぜ」
「うん・・・」
「――って、何なんだよ。最後まですっきりしないヤツだなー。しっかりしてくれよ」
「・・・うん」
「じゃあな。切るからな」
これ以上粘っても埒があかないと思ったのだろう。浩平は自分から電話を切った。
・・・
『一人で受け止めるより、二人で受け止めた方がいくらかでも、気持ちが救われるって事もあるでしょ』
冴子さんの言葉を思い出して、精一杯の勇気を繋ぐ。
・・・
そう、だよね。
精一杯あいつの傍にいて、一緒に受け止めてあげるしかないよね。
・・・
判ってる。
判ってるけど――
まるで嵐の前みたいに、その瞬間が来るのが怖い。
もしかしたら他愛なく、済んでしまう瞬間かもしれない。でもそれは、何の保証も根拠もない。
私は力なく受話器を置いた。
・・・
＜第三章 了＞
・・・To be continued.
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