| Ｓｙｎｃｒｏ 〜第十章 §8 |
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翌日は… 島には、どんよりとした雲が広がっていた。 今年は驚異的に台風の少ない年だそうで… 夜間の断水が始まって、実はもう何日もたってたコトも島に着いてから初めて拓兄に聞かされた。 しかもそれは、このまままとまった雨が来なければ、昼間の給水制限も時間の問題という切迫しきった状況で… 今朝の予報によると、今晩中にもそれなりの雨が降り始めるだろうというコトで、さすがの島の人たちも、ほっと一安心な様子だった。 「明日まで止まないみたいよ、雨」 朝ごはんの食卓で、朋子さんが言った。 「でも、今はまだ降っていないんだし…少しなら、出かけられるかな？海」 私が言うと、 「いやぁ。今日は止めといた方がよさそうだなぁ」 宮城さんの言葉に並木先生もうなずいた。 「低気圧の影響でね。波も潮も、昨日とはだいぶ様子が違って来てるから」 「残念だったねぇ。明日帰るのに。まあ、また遊びに来ればいいさ。海は逃げ出しゃしないから」 「そうそう。いつでもまた帰っておいで」 朋子さんもにっこり笑う。 空っぽになった宮城さんのお茶碗に、絶妙のタイミングでおかわりをよそってあげながら。 何気ない会話を交わす二人は、この島の海そのものみたいに穏やかだ。 …夫婦って、一緒にいるとだんだん似てくるものなのかな。 あと何ヶ月かしたら、ここには新しい家族が加わるんだもんね。 それを思うと、こっちまでふんわりした気持ちになって来る。 拓兄は、一足先に食事を終えて出かけてた。 何処へ行くの？って訊いたけど、結局教えてくれなくて。 けど、並木先生には何となく察しがついているみたいで。 私の方は、海には行けなくなっちゃったけど…並木先生に誘われて、港にある観光案内所兼、休憩所兼、おみやげやさん風、な所（もちろん、これは先生曰く）へ出かけてみるコトにした。 薄曇りの空の下。 せっかくだから歩こうか、って二人で並んで家を出た。 座間味の海は、一見すると今日も静かに凪いでるように見えたけど、小さな白い波頭が立っていて…。 海の色も昨日みたいな、鮮やかなコバルトブルーとは全然違って、ひどくくすんだ水色で…湿った潮風が吹いていた。 都会でも、雨の前ってこんな風が吹くけれど…それとは全然違ってる。 コンクリートに囲まれて、逃げ場を失くして吹く風じゃなく… 正真正銘、この島だけに渡る風。 『死んだ人はグソーに行くから、二度と会う事は出来ないけれど…まぶいは私たちの傍にある』 …今でも、此所にあるんだってさ――。 浩平が…向こうに残るって決めた時。 『いつも…いつまでも変わらないまま、ここにいたいって思うんじゃない！』 そう言って…私ってば、ずいぶんあいつのコトを困らせたっけ。 あの時は、変わってく時間が恐くて恐くて仕方がなかった。 あいつがあんまり突然に、前に進み始めてしまった事がどうしても不安で仕方がなくて。 『そういうお前はどうなんだよ』 インターハイの後。拓兄に投げかけられたっけ。 『お前は、繋げていけるのか？一番納得出来ていないのは、本当はお前自身じゃないのか』 そう。だから… 納得出来ていない今の自分は、そのまんまでもいいんだよ、って… ムリに合わせて、忘れようとなんてしなくてもいいんだよ、って… 『…人の心はみんな、同じ早さで前に進んで行くワケじゃないもの。早い人もいれば、遅い人もいる。だって、みんな違うんだもの。だから、このみちゃんが納得してもいないのに、あの子の部屋を片づけたりなんか絶対しない』 一緒に…行くんだ。 持って行くんだ。 この島に、こんなに気持ちが惹きつけられてしまうワケ。 それはきっと―― 此所にまぶいがいてくれて… 私は今も一人じゃなくて… 「あの…」 「うん？」 「先生は、あの二人の事、どう思ってますか？」 「あの二人…？」 「お兄ちゃんと、冴子さんの事」 「『どう思って』って…どういう意味で？」 「…私、ここに来る前に、冴子さんから電話をもらってて…。『ごめんね』って、何度も何度も謝ってくれて」 「…」 「いっつもそうなの。お兄ちゃんがいなくなっちゃった時もそうだった。本当は、二人ともお互いの事を好きでいるんだと思うんだけど…何か違うの。何か、いっつも二人の前には見えない川が流れてるみたいに…」 「『抜け落ちた階段をそのままにして上へは行けない』」 「…えっ？」 「前に、神崎さんが言っていたんだ。『今まで、逃げて来た事への報いだと思って進むしかない』って。丁度、拓が有賀の元にいた頃だったな。心配もあったんだろうけど…それだけじゃないよね。何かの決意表明みたいで。けど…そういうのって、恋人に向ける感情とはちょっと違っていないかな。どう思う？」 「…」 「ああ…いや。大した参考にはならないかも知れないよ。何せ俺は『わっ。バツイチかよ』な大人だからさ」 先生のあっけらかんとした言い方に私は小さく吹き出した。 「有賀んとこで、どんなやりとりがあったのかは知らないし…拓がそれを何処まで、どんな風に覚えてるのかも知らないけどね、少なくとも好きな相手に『報い』だとか『何々しなくちゃいけない』とかって言い方は、フツーあんまりしないんじゃないかな」 「…」 「このみちゃんも、そう言えば前に気になる事を言ってたねぇ。『自分を傷つけて初めて判る――感じられるコトってあるんじゃないか』って。けどね、それって俺は賛成出来なかったの」 …覚えてる。 私は小さくうなずいた。 「確かめたいって気持ちは判る。相手に自分がどれだけ必要とされてたか。けどね、自分を傷つけて判る思いだなんて…俺は、あんまり知りたくないなぁ。痛い思いは誰だってイヤでしょ、本当は」 「…」 「それほどに自分には価値を見いだせない、ってコトかなぁ。痛みという苦痛でしか自分に価値を見いだせない。価値…というか、存在意義…かな」 先生は、独り言みたいにつぶやいて、にこっと笑って私を見た。 「まあ…難しいコトはどうでもいいか。…俺ね、出会いは必然って考えたいタイプなの。勝手でしょ？他人はどうだか知らないけどね、俺がそう考えたいってコトなんだけど」 「…」 「せっかく出会ったんだからさ。どんなにそれがイヤなヤツでも、限られた世界の中で出会ったんだから、少しでも自分にとってはプラスの力にしたいじゃない？それが仮にも、好きな相手だったら尚更だよね。例え…どんな別れ方をしたとしてもさ」 「うん…」 「たぶん、それは今の拓も同じだと思うよ」 「これで…いいのかな。私、兄キが何を考えてるのか判らなくって。あの日も、こうやって…両手を広げてね。まるで、何かを掴むみたいにゆっくり握って『所詮…生きてる人間が出来る事なんて、たかが知れてるってコトだよな』って言ってたの。海に戻ってくれたのはよかったって思うけど、それって…何かをあきらめたみたいにも聞こえるし…」 「あきらめなんかじゃないよ。それが、この島であいつが掴んだきっかけなんだよ」 「…」 「感謝…してるって言ってたよ。『彼女には、本当に感謝してる』って。記憶を飛ばすほど恐い思いをさせられたのに、必死に彼女との出会いをプラスの力に変えようとしてる。なかなかどうして、強くなったよ。君の兄キは」 ふわりと風が吹き抜ける。 先生は、僅かに目を細めてそれを受け止めた。 「またおいで」 先生の声がした。 「お正月が明けたらさ。日帰りでも何でもいいから、浩平君も一緒にさ。みんなでクジラを見に行こう」 「…クジラ」 「ザトウクジラだよ。あれはすごいよ。真近で見ると鳥肌がたつよ。何しろ、地球上最大の生き物が“跳ぶ”んだから。一度見たら病み付きになる。絶対だ」 思わず、くすりと笑ってしまう。 …先生ってば。 ほんとに拓兄が言ってた通り。クジラの話になると夢中なんだね。 きっと…四年前のあの時も、智兄ちゃんに向かってこんな風にクジラの話をしたんだろうね。目を輝かせて聞いていたのは、きっと智兄ちゃんも同じで… 最後まで、拓兄と此所に来る日を楽しみに…願い続けていたんだろうね。 … 私は、大きくうなずいた。 ―― 肩まで茂ったハイビスカスが揺れている。 目の前に積まれた小石たち。 ざわざわと風に葉が動く。 空には、灰色の雲が広がっている。 この島に来て…初めて見る本格的な雨雲だ。 こんな弱々しい墓標だというのに、よくもまあ、ハリケーン並みの台風に吹き飛ばされもせずに残ったもんだ…。 周りを囲むハイビスカスが、多少なりとも防風林の役目を果たしてくれてはいたけれど、それだけじゃなく、きっと、宮城さんのおじいや朋子さんの心配りも大きかった事だろう。 もうすぐ雨が降って来そうだ。 けど…おれはいつもの様に、持って来たさんぴん茶を上からそっと振りかけた。 これが供養のためだとしたら…他にも色々、かけてあげたいものもあるんだけどな…。 それは今度、朋子さんに訊いてからにしようとその時思った。 膝を折って、石と向き合う。 こうしていると…隣に誰かの気配を感じる。 気配、というほどの確かなものではないけれど… たぶん、それはおれが持ってるイメージが勝手にそうさせるだけだと思うけど… ――またおいで。 風に紛れて聞こえる気がする。 来て…いいのかな。おれなんかがまた、ここに。 ――来たらいいさぁ。あんたがそんなに思うんだったら。 そんな出会いも…あいつが繋げたものだから。 この島に、こんなに心を許せる理由も… 青一色のあの海に、もう一度沈んでもいいと思えるようになったのも… あいつが逝って… おれがここにこうしてるのも… 並木先生から渡された、見慣れたあいつの文字を見る。 簡単な走り書き。 何の気取りもないただのメモ。 けど…それを交換し合う瞬間のあいつの顔は、手に取るようにその時浮かぶ。 ―― 『海も、GBRも熱帯魚も、どうでもいいとお前は思った。それでも…結局こうして“此所”に戻った。それは…何でだと思う…？』 『“此所”にいたくて…綺麗なモノを綺麗と感じて、心から笑って。…彼が、どんなに望んでも手に入れられなかったモノが今のお前の周りにはあって…けど、それは罪なのか？彼が本当に望んでいたのは、一体何だったんだと思う？』 … 震える両手を合わせて目を閉じた。 目の前に積まれた小石の塔。 棺に入った、黒こげの小さな左腕。 ふたつのイメージが…ゆっくりゆっくり…頭の中で重なって行く。 流れる時間。 変わってく心。 どんなにそれに抗っても、結局…留める事は叶わなかった。 挙げ句に…惹かれて。 あの人への憎しみさえも、時間の中で押し流されて。 此所にいたいと… あいつは何処にもいないのに。 此所に来たかったのはおれじゃない。死んでしまった智紘なのに。おれはいつしかこんなにも… あいつ以上に…こんなにも、此所にいたいと願ってる。 『あなたは、あの子にとって一番大切な友達だったの』 閉じた瞼の隙間から、涙がこぼれて落ちて来る。 『私はいいの。何を言われても当然だって判ってる。でも、あなたは…あなたまでが一緒になって、そんな風に感じる事は何にもないの。智紘があなたに望んだ事は、そういう事ではない筈よ』
…胸の奥が締め付けられた。 鋭い痛み。シャツの上から、たまらず胸をかきむしる。 こみ上げる嗚咽。唇の端が大きくゆがんで、抑える間もなく声がもれ出る。 こんなに誰かを傷つけて… こんなに自分も傷つけられて…それでも判らなかった事。 本当は… 本当は――ずっと…願ってた。 満たされない思い。開いたまんまの心の傷をありのまんまに全部曝して―― 抱えた思いを… 投げ出す事も出来ない自分の弱さを、惜しげもなく全部引きずり出して―― …悲しいという事。 失くしたものが…こんなにも大きかったんだって事。 この迷路から逃げ出したいと願った思いさえ、無理矢理押し込めようとした自分の事。 言葉を忘れてしまったんじゃないかと思うくらいに…泣き尽くしてみたいって。 吹き出す涙は、膿を含んだ血液みたいに…澱んだ思いを全て流して―― 川底に、僅かな思い出を残しただけで―― 何もかも…全部を押し出して――。 …生温かな風が吹き渡る。 ハイビスカスの揺れる音がする。 子供みたいに身体を震わせて泣きじゃくりながら、鼻水なんだか、涙なんだか判らなくなってる顔を手で拭う。それでも嗚咽は止まらない。でも今は…それを止める必要も何処にもない。 泣いていいんだ…。 泣いて…いいんだ…。 今にも雨の降り出しそうな灰色の空。 おれは小さく、それを見上げた。 … 次の日は、予報通りに朝から雨降り。 静かな…雨。 夏には、スコールみたいに激しく降る事もあるんだよって朋子さんが言っていた。 けど今日は、とても静かに…しとしと降る雨。 風がないのが幸い。泊港までの高速艇は予定通り運航していた。先生は那覇空港まで送ってくれる事になってたけれど、妊婦さんの朋子さんと宮城さんとは家の前でお別れだ。 「色々…お世話になりました」 私が言うと朋子さんは、どういたしまして、って笑ってくれた。 「また来てね。待ってるから」 「体、お大事にして下さいね」 「おい。拓は何か言うことないのか」 先生に言われて、兄キは何気ない風で朋子さんの方を振り向いた。 「別に…。いいよ、今更。またすぐ帰って来るんだし」 「なんだ、そりゃ。お前が一番彼女にお世話になったんじゃないのか」 先生は、宮城さんと顔を見合わせて苦笑い。朋子さんが言った。 「拓君。昨日。お参りに行ってくれたんだね」 「…えっ？」 「石が崩れないように。風よけを作ってくれたでしょ。今朝、見てきたよ」 「…」 「ありがとね」 拓兄は、初めてそこでにこりと笑った。 「朋子さん。おれね…」 「うん？」 「今度朋子さんが紹介してくれる人とだったら…いいよ、つきあってあげても」 朋子さんは、ぷっと吹き出した。 「あんたって子はー、ほんとに見かけによらず不器用なんだから。それを言うんなら、今度の夏はウチで一ヶ月アルバイトしなさい」 「あー、それは助かるな。丁度朋子も産休だし」 「いいよ。どうせ、並木先生ももれなく付いてくるんだろうから」 「何だよ。人を付録みたいに」 並木先生が言って、みんなが笑う。 港へ向けて、走り始めた車の中で。 拓兄と一緒に後ろの席から振り返る。朋子さんと宮城さんは並んで傘を差したまま…いつまでもいつまでも手を振ってくれていた。 そして… 空港のロビーに着いた時。 搭乗の始まったゲートの手前で、並木先生は拓兄に向かって、おもむろに右手を差し出した。 「んじゃ、またな」 「『またな』…って、何、これ？」 「『何、これ』って、握手だろ？」 「…それは判るけど。何でまた」 「バディなんだから」 「えっ…？」 「此所では俺のバディなんだから。そりゃあ、一仕事終わって握手くらいしたっていいだろ」 「…」 まさに不意打ち。 ハトマメ顔の兄キの顔に、先生は可笑しくて仕方がないって風に笑い始めた。 「お前、本当に変わったな。此所へ来て」 「…余計なお世話だ」 「いい写真もたくさん撮れたし…あとは、この冬の仕上げを残すのみだから。ちゃんと戻って来てくれよな」 「先生こそ、水納島でムリしないでよ。宮城さんに迷惑かけないように。ボンベの残量、ちゃんと自分でもチェックしろよな」 「ははは。ご心配頂き感謝します」 拓兄と握手を交わして。先生は、その手を私の前にも差し出した。 「このみちゃんもお疲れ様。気をつけて帰ってね」 「はい。あの…ほんとに色々、どうもありがとうございました」 「どういたしまして。当の本人からそういう殊勝な言葉が聞いてみたいもんだったけどね」 「ねえ、先生。クジラもいいけど…忘れてないよね、もうひとつ」 「もうひとつ…？」 「タマゴだよ。珊瑚のタマゴ。おれに見せてくれるって言ったよね」 「…ああ。そうか。そんな話もあったっけかな」 「『あったっけかな』じゃねーよ！約束だからな。来年の夏。絶対だからな」 先生は、グレーがかった茶色の瞳を優しく細めて微笑んだ。 ―― 鈍色の雲を突き抜けて…飛行機は一気に晴れ渡る空の上へと飛び出した。 ついさっきまで…並木先生や朋子さん。宮城さんといた筈の島々はもう遙か雲の下。目で見る事は叶わない。 眼下にはただ…真っ白な雲が広がるばかりだ。飛行機は、此所から更に上空目がけて高度を上げる。 隣の席で。拓兄はふうっとため息を吐き出した。 「…どうかした？」 私が訊くと小さくひとつ頭を振って、 「何か…疲れた。少し寝る」 「大丈夫…？」 「平気だよ。そういうんじゃなくて…」 言いつつも、拓兄は本当に眠たそうな様子で目を閉じた。 「さすがに色々…ありすぎだったなって思ってさ…」 …確かに、ね。 離陸前にもらっておいたブランケットをかけてやる。 ほんとに…色々。 私が知ってる事なんて、そのうちのほんのひと欠片にも過ぎないかも知れない。 有賀さんの事。 冴子さんの事。 そして…嫌が上にも此所で見つめた――自分と…智兄ちゃんの事。 四年という時間をかけても見る事の叶わなかったたくさんの思いと、真実と。 冴子さんが、拓兄を家に帰らせようとした理由も判る。 もちろん、それを引き留めた並木先生の思いも判ってるけど… 消化不良を起こしたとしても当然だよね、って思うくらいのキツい出来事をほんの数日間で一人っきりで、かいくぐって来たんだものね…。 「ねえ、お兄ちゃん。私ね、ダイビング、ちゃんと習ってみようかなぁ…」 「ああ。…それもいいんじゃないの」 「なんかね、すごく感動しちゃった。海の中を初めて息をしながら潜ってね、魚とおんなじ目線でいられるって何か…こう、すごいなぁって」 「…」 「何処かいいショップ教えてくれる？まっちゃんも誘ってみようかなぁ」 「…」 「ちょっと。訊いてる？お兄ちゃん」 「…だって」 「えっ？」 「あのオヤジ。…『バディ』だってさ。…よく言うよ」 寝言みたいにつぶやいて。口元に…ふふっ、と笑顔が浮かぶ。 … 『此所では俺のバディなんだから。そりゃあ、一仕事終わって握手くらいしたっていいだろ』 もしも、今までの拓兄なら…きっと上手に、あの先生の言葉を受け止めて…流す事が出来たと思う。 T’sで習ったマニュアル通りに。 深い意味なんて考えないで…自然に差し出されたその掌をもっと自然に握り返して。 『いいんだよ。見た目にしか関心のない連中に、本当の自分を見せる必要なんかない』 前に…そんな風に言ってた兄キの髪は、今ではすっかり自然の黒に戻ってる。 それが何だか…智兄ちゃんが傍にいた頃の、昔の拓兄を見ているみたいで… 何だかとても…懐かしい。 …窓の外には青い空。 さっきまで見ていた島の青とは違うけど…この青は、確実に私たちの場所へと続く青。 繋がる…思い。 繋げたい思い。 そんな事を思ううち、私もいつしかうとうとと…まどろみの中に落ちていた。 ――
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