syncro2-2

――
帰り道。
商店街で買い物をしていると祥子おばちゃんと出会った。
おばちゃんも丁度夕食の買い物だったみたい。片手にスーパーのビニール袋を下げていた。

「おばちゃん！」
私の声に、祥子おばちゃんは、あら、ってにっこり笑ってくれた。
浩平と智兄ちゃんのお母さん。
看護婦さんで、三交代の夜勤をしながらバリバリ働いている、私の憧れの人なんだ。
スラッ、としてて美人だし、そのまま黙って立ってればすっごくステキでかっこいいのに、これでけっこうそそかしくて、おっちょこちょいのとこもあるんだよね。
そういうとこ、つくづく『あの2人』のお母さんなんだなーって思っちゃう。
・・・ま、そそっかしさだけならウチのおかーさんも負けてないけど。

「おばちゃん、今日はお休み？」
「そ。相変わらずせいが出るわね、このみちゃん」
私の手にも、おばちゃんと同じくらいの大きさの買い物袋がぶら下がってる。
「我が家には主婦はいないから」
ため息混じりにそう言うと、おばちゃんはアハハッ、と笑った。
「美佐ちゃんがうらやましいわ。私も女のコ、産んどくんだった」
「おばちゃん、マジでそう思ってるでしょ」
我が身の不幸を呪いつつ、はっとその時思い出した。
「そうだ！おばちゃん、再婚するってホント！？」
おばちゃんは、慌てて人差し指をシッと自分の口元に当てた。
「・・・ちょっとお茶でもしながら話さない？時間ある？」
私はうん、とうなずいた。

――
商店街から、ちょっと中に入った所にあるファミレスに入った。
2人して買い物袋を脇に置いて、向かい合って坐る。
「おごるわよ。何でも好きな物頼んで」
「ほんとに！？」
「うん」
メニューが届いて、それに見入ってる私をおばちゃんは、優しく笑って見つめてた。
お夕飯前だったけどミニチョコサンデーを、おばちゃんはレモンティーを頼んだ。

「・・・さっきの話、浩平から聞いた？」
「うん」
「あいつ、他に何か言ってなかった？」
「他にって・・・？」
「うん・・・」
おばちゃんは言いにくそうに言葉を濁した。
「大丈夫だよ、おばちゃん。浩平はちゃんと判ってるよ、おばちゃんの気持ち」
「・・・え？」
「『みんな変わってくんだ』って言ってたもん。『おれだけじゃない』って」
・・・

私は、浩平が向こうの大学に進学したいって言ってた事、私にも春になったら来ないかって誘ってくれた話をした。
そして・・・『このままずっとここにいたって増えるのは思い出だけじゃないか』っていうあいつの言葉も・・・。

「浩平は変わりたいみたい。目指すものもはっきりしてて・・・後に残してくものの大きさなんか、もう見えてないみたい」
おばちゃんは、ふと哀しそうなカオをした。私の、気のせいかも知れないけれど。
「実はね、付属の大学に推薦とれたって、昼間電話があったのよ」
おばちゃんが言った。
「よっぽど嬉しかったんじゃない？職場に一度電話して、私が休みなの聞いて、家にかけて来たみたい。『書類送るから目、通しといてくれよな』って、一方的に言って切れちゃった」

・・・そっか。
やっぱり行くんだ。
結局私の言葉は何も、あいつに届いてなかったんだ・・・。

「ねえ、おばちゃん」
「うん？」
「おばちゃんはどうして再婚しようって思ったの？おじちゃんの事、今でも好きなんだよね？もちろん」
・・・

自分でも、何て子供っぽい質問してるんだろ、ってイヤになる。
でも、確かめたかったんだ。
変わってない事。
おばちゃんの、おじちゃんへの気持ちが変わってない事。
変わってない事が私たちにはまだあるって事。
おばちゃんは、迷ってるみたいだった。だけど意を決したように口を開いた。
「・・・あのね、このみちゃん」

その時、丁度オーダーが届いた。
ブラウニーケーキにたっぷりのチョコレートソース。ミニだけど、とってもおいしそうなチョコサンデー。
「いっただきまーす♪」
はりきってスプーンを手に取ると、パクパクッと二口口に運ぶ。
おばちゃんが何か言いかけていた風だった。
私はサンデーを頬張りながら、先を促すようにおばちゃんを見た。
おばちゃんは私のカオを見てにこり、と笑うと、

「まだ・・・決まったワケじゃないのよ。何しろこっちは再婚で、子供もいるしね。先方はお医者で、ご両親もお元気だし・・・」
「でも、おばちゃんが決めた人なんでしょ」
「・・・」
「ほんとに好きならカンケーないと思うけどな。そんなコト」
「・・・そうかな」
「そうだよ」
おばちゃんは、うん・・・と、小さくうなずいた。
「気さくで話しやすい人なのよ。このみちゃんにもぜひ一度会ってほしいな。今度、浩平が帰ってきたら2人一緒に」
「・・・」
サンデーを食べてた手を止めた。

「おばちゃん。私ね・・・」
「・・・？」
「私・・・あいつといると、どんどんヤな人間になってく」
「えっ？」
「浩平に・・・誘われた時ね、あいつも色々考えて・・・自分の夢を叶えたい気持ち、私を一人でおいとく気持ち・・・あいつなりに考えて『こっちに来ないか』って言ってくれたんだって・・・判ってても、素直にうんとは言えなかった。いつもあいつに振り回されて、電話も手紙も待ってるだけで、そして今度はついてくだけで、そんなのヤだって思ったの。もっと・・・あいつと、肩を並べて歩きたいの」
「・・・」
「でも、私にはあいつみたいな目標もないし・・・どうしたら、浩平に追いつけるかも判らない。こんな自分を浩平に判ってもらえるワケもないし・・・あいつは自分のコトで必死だし・・・」
おばちゃんは、そう・・・と微笑んだ。

「男っていくつになっても子供だからね。すぐに周りが見えなくなっちゃうの。特に浩平みたいなタイプはね。苦労かけるわね、このみちゃん」
「・・・ヘンな言い方しないでよ、おばちゃん」
「この間帰ってきたときも、あの子、智紘のこと気にしてたわね・・・」
「智兄ちゃんの事・・・？」
「智紘のこと知りたがってた。本当はどういうヤツだったんだ、って。このみちゃん達とお墓参りに行った日の夜だったな」
「・・・」

『このままずっとここにいたって増えるのは思い出だけじゃないか』
――
私にはそんな風に言ってたクセに、おばちゃんはあいつが智兄ちゃんの事を知りたがっていたって言う。
智兄ちゃんの事、気にしているのはやっぱ浩平の方なんじゃない・・・？

「私の、せい？」
「何が？」
「浩平が智兄ちゃんにこだわる理由。私がしつこくお墓参りに誘うから・・・夏にあいつが帰らない事とか言ったから・・・」
おばちゃんは、ううんと首を振った。
「今に始まった事じゃないでしょ。智紘は浩平の兄キなんだもの」
「・・・」
「浩平にとってのライバルは智紘なの。これまでも。そしてたぶん・・・これからもね」
「智兄ちゃんは、もういないんだよ。なのにどうやって・・・」
「・・・あいつは次男坊だから、そうやって自己主張するしかないんだよ。”おれはここにいるぞ。ここにこうしているんだぞ”って」
「・・・」
今は、取りあえず見守ってやって・・・。
言う代わりに、おばちゃんは申し訳なさそうに微笑んだ。

見守る、って言ったって・・・
私、おいてかれっぱなしなんだよ。
自然と情けない顔になる。

「そうだ」
おばちゃんは、気持ちを切り替えるように明るい調子で言葉を継いだ。
「私、このみちゃんにもう一つ聞きたい事があったんだ」
「なあに？」
おばちゃんがスーパーの袋から取り出した雑誌を見るなり、私の心臓は止まりそうになった。
だって・・・だってそれは・・・

「これ、もしかして拓君じゃない？」
いたずらっぽく微笑んでおばちゃんが言う。その目の輝きは智兄ちゃんにそっくりで・・・

・・・そうだよ。この人にごまかしておけるワケがない。
例の雑誌の特集号。
私は、黙ってうなずいた。
「お願いっ！浩平には絶対に言わないで！」
「判ってるわよ。大丈夫」
にっこり笑っておばちゃんは言う。でもその後、改めて本のページをめくりながらふーん、そうなんだとか、やっぱりねーとか言っていた。
「キレイだもんね、拓君」
「本人はバイトのつもりなんだけど・・・ハデになりすぎて困ってるの」
・・・智兄ちゃんが生きてたら、これ見て何て言っただろ・・・。

「いいんじゃないの？キレイなんだから」
あっけらかんと、おばちゃんが言った。
「バイトのつもりで、ここまでキレイなんだから大したものよ。さすがは拓君よね」
「・・・それ本心？」
「この写真見て気分悪くする人はそういないと思うわよ」
・・・たしかに、男だってコトさえバレなければ、ね。
「・・・そう言えば、拓君にもしばらく会ってないなあ」
「他にもバイトやってるし、何だか忙しそうだから」
「元気ならいいの。自分のコト、大切にして生きててくれれば」
おばちゃんはレモンティを一口飲んだ。

「このみちゃんもそう。もちろん浩平も。自分を大切に生きてくれていれば、それがいいの。一番いいのよ」
・・・
おばちゃんは、誰かに言い聞かせるようにそう言った。
・・・

・・・To be continued.