syncro3-8

窓際のテーブルに、案内されるままに腰を下ろした。
友貴君は、奥でフロア用のエプロンをつけて来ると、慣れた手つきで一皿のケーキを持って来た。
目の前に置かれたそれは、とってもおいしそうなオレンジケーキ。

「これ・・・先輩が作ってくれたのを元にしたんですよ」
「・・・私が？」
「ほら。去年の文化祭で喫茶店やって・・・先輩達が手作りのオレンジケーキ出していたじゃないですか」
――そうだ。そうだった。
そこにたまたま遊びに来ていた友貴君が私のケーキを気に入ってくれて、お菓子クラブの発足へと相成ったんだ・・・。

「売り出す前に、先輩にお断りしなきゃと思っていたんですけど・・・すみません」
「・・・というコトは、これ・・・友貴君が？」
「レシピは僕が作りました。オヤジに試食してもらって・・・オーケーが出た後からは、スタッフの人たちにやってもらっていますけど」
自分の作ったケーキがお店に並ぶ・・・。
それも、プロの職人さんに認めてもらってその上で、れっきとした商品として、ウインドウの中に飾られる。
それって・・・
それって――
「それって、すごいコトだよね！」
思わず、大きな声で言っていた。
「だって、認めてもらったってコトでしょ？商品として価値があるって、認めてもらったってコトでしょ？！」

友貴君は、びっくりした様に瞳をおっきく見開いて、私の顔を見つめ直した。
「でも・・・元々は先輩が作ったケーキだし・・・」
「カンケーないよ！それをここまで完成させたのは、友貴君の力なんだよ！」
さっそく出されたケーキを一口頂く。
甘いオレンジの香り。ふんわりとろけるクリームと、さくっと香ばしいタルト生地。
私が去年作ったケーキは確か、タルトではなくスポンジだった。
スポンジを焼いて、間にジャムとリキュールを塗って、オレンジの薄切りを乗せてゼラチンで固める。
確かに、使われている材料とか作り方とかのベースとかは、私のケーキと同じだ。
でも、味は全然違う。
たぶん、材料の配分が違うからだと思うけど、これはもう、私の作ったケーキじゃない。完全に友貴君のオリジナルケーキだ。
「おいしい！とってもおいしいよ！」
私の言葉に、友貴君は嬉しそうに笑顔を見せた。
「ほんとですか・・・？」
「うん！・・・それにこれはもう、私が作ったケーキとは全然別だよ。友貴君のケーキだよ。フリーズキールの味がするもん」
「・・・」
「嬉しいよ！私の作ったケーキから、こんなステキなケーキが生まれたなんて。ほんとに・・・とっても嬉しいよ！」

二口、三口・・・
私はケーキを口へと運んだ。
「・・・先輩って――」
「ん？」
「本当に幸せそうな顔しますよねぇ、ケーキを食べてる時」
「だって幸せなんだもん♪」
それ以外に答えようがないじゃない。
友貴君は、くすりと笑った。
「よかった・・・」
「え？」
「森山先輩以外で、このみ先輩にそんな顔をさせてくれるものがあるって判って」
「・・・」
「それだけでも、このケーキを作った甲斐がありました」
・・・
私は、持ってたフォークをお皿に置いた。
「・・・あの――あのね、友貴君」
「はい」
「よかったら・・・また、クラブに出てきてもらえないかな・・・」
「・・・」
「ごめんね。自分でも、勝手なコト言ってるのは判ってるの。でも・・・でもね」
「今まで通り――」
「えっ・・・？」
「今まで通りの、先輩と後輩でいようね、ってコトですか」
「・・・」
「僕の気持ちを知っていて、友達でいようね、ってコトですか」
「・・・」

ぽつんと・・・
つぶやくように、友貴君はそう言った。

――私・・・
私ってば・・・
――だよね。
やっぱりそう、だよね。

友貴君は、自分が傷つく覚悟で気持ちをぶつけて・・・
もしかしたら今まで通りの二人ではいられない、ってコトも承知の上で気持ちをぶつけて・・・
あの時の、彼の真剣さを思ったら、そんなコト、今更言われなくても判ってた。
そうだよ。
私・・・判ってた。

甘く、爽やかな、オレンジの香りが遠くなる。
「・・・あの――」
うつむいた友貴君に、返す言葉が見つからない。
・・・どうしよう。
・・・私――また彼のコトを傷つけちゃった。
どうしよう・・・。

その時。
友貴君がふふっ、と笑った。
「――なんて。ごめんなさい。冗談です」
「え・・・っ？」
「だって・・・かっこ悪いじゃないですか。ふられたくせに、誘ってくれたからって二つ返事でOKしたら」
「・・・」
「このケーキが完成するまでは、って思ってて。でも、生みの親にも何とか満足してもらえたようなので、取りあえずは一段落」
友貴君は、笑顔を崩さずそう言った。
「二学期が始まったら、顔出そうかな、って思ってたんです」
・・・
体中から力が抜けた。
「・・・よかったぁ。また怒らせちゃったかと思っちゃった」
「それはこっちのセリフです」
友貴君は席を立つと、カウンターの店員さんに声をかけてコーヒーを二つ貰ってきた。
「先輩さえ嫌でなければ・・・またよろしくお願いします」
「こちらこそ！こないだのアップルパイもね、上手くいったコトはいったんだけど、何かひと味たりなくて。私と恭子ちゃんじゃあそこまでが限界みたい」
「じゃあ、この次もう一度作ってみます？」
「そだね。今度、あの時のレシピ届けるよ」
はい、と友貴君はうなずいた。

「・・・もうすぐですね、インターハイ」
窓の外。
まぶしい位に輝いている街路樹を見て友貴君が言う。
「うん。あと四日」
「先輩は卒業したら・・・やっぱり、森山先輩とおんなじとこに進学するつもりなんですか」
「え？・・・うん。出来たらいいな、とは思うけど・・・どうかなぁ。これから受験勉強始めるんだよ」
厳しい現実に引き戻される。
この夏は、まっちゃんと一緒に夏期講習に通わなきゃ・・・

「あの・・・お忙しいのに、こんなコト言っていいのかなって判ってるんですけど」
「なに？」
「卒業まででいいんです、あとひとつ。僕と一緒にオリジナルケーキを作ってもらえませんか。もちろん、商品化を前提に」
「・・・へっ？」
まっすぐに私を見つめて言って来る友貴君に聞き返す。
「商品化を前提に・・・？」
「このオレンジケーキは、僕が勝手に先輩の作品をアレンジしちゃったものだし・・・結果はどうあれ事後承諾だし、あんまり長く店におくつもりはないんです」
「なんで？！こんなにおいしいのに」
「もっとおいしいケーキを、先輩と一緒に作りたいんです！」
「・・・友貴君」
あの時と同じ。
真剣な彼の思いが伝わって来る。
せめて・・・
せめて、こうするコトで、自分の思いに決着をつけようとしている彼の思いが。

「返事は・・・急ぎません。先輩も受験があってお忙しいし。ダメならダメでいいんです。でも・・・」
「・・・」
「先輩は、森山先輩に負けないくらい、すごいコトが出来る人なんですよ。僕は、本気でそう思ってますから」
「・・・」
「いくら僕でも、素人のレシピを使って、自分の店で売るケーキを作ろうだなんて思いませんよ。先輩のレシピが僕の力を引き出してくれた。一緒ならきっと、もっとおいしく楽しいものを作れるって思ってます。だから・・・あの、本当にずうずうしいお願いだって判ってるんですけど」
「・・・」
「出来れば僕は・・・ここで一緒に――」

――言いかけて・・・。
友貴君は、最後の一言を飲み込んだ。
気持ちを切り替える様に、小さく一つ首を振る。
「・・・ヤだったらはっきり言ってくれて大丈夫です。もしも、負担でなかったら。そんな感じで、考えてみてもらえませんか？」
・・・

「うん。判ったよ」
私は、大きくうなずいた。
「私ばっかりずうずうしいお願いしてちゃ悪いもんね。卒業までに、ここで一緒にケーキを作ろう、って言うんでしょ？オッケーだよ」
「・・・ほんとに？！」
「うん。商品化を前提に、っていうのがちょっとプレッシャーなんだけど・・・」
へへっ、と情けなく笑って見せる。
「大丈夫です。ウチのスタッフも協力してくれると思うし」
「へえ・・・」

何だかすごい話になって来ちゃった。
自分のケーキがお店に並ぶ・・・。
それも今度は自分で作って、友貴君にも、フリーズキールのプロのスタッフにも助けて貰って、お菓子を作れる・・・。

何だか――
胸がどきどきして来た。
忘れてた、こんな感じ。
見たコトのない、もちろん行ったコトもない、遠い何処かに出かけるみたいな・・・
小さい頃に、みんなで一緒にキャンプに行こうって・・・
ウチのお父さんが夏休みの計画を話してくれた、丁度あの時みたいな感じ。

浩平も・・・
今の学校に誘われた時。きっとこんな感じだったのかな。
期待と・・・不安と・・・ごちゃまぜになった不思議な感じ。
何か・・・新しいコトが始まる前の、わくわくするようなこの感じ。

「だったら先輩！実は僕、考えていたのがいくつかあって・・・あ！ちょっと待ってて下さい！ノート！ノート持って来ますから！」
友貴君は、弾んだゴムマリみたいに席を立った。
さっきまでの、落ち着いた男の人の雰囲気を一瞬にしろ感じたのは、何かのまちがいだったのかしら・・・。
本気でそう思ってしまうくらいの元気さで。
私はそれが嬉しくて――
残っていたオレンジケーキを勢いよく、ぱくぱくっ、と二口口へと運んだ。

・・・To be continued.

　　　　　　