 Ｓｙｎｃｒｏ 〜第三章 §9 |
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 「拓」 昼下がりの公立図書館。 休憩がてらやって来た喫煙所で、コーラの入った紙コップを手に智紘が言った。 「ん・・・？」 おれは、読みかけのマンガから目をあげないまま相づちを打つ。 「あの・・・さ。ちょっと話したいコトがあるんだけど」 ―― 夏休みも、残りあと二週間余り。 今週からお盆休みに入ったせいか、いつもは学生だらけの閲覧室も閑散としている。 なのに、冷房だけはガンガンで・・・ 外は30度を越える暑さだってのに、中ではみんな、上着や膝掛けをはおってる。 ・・・ったく。 気が利かねーな、図書館のおばちゃん。 宿題は、さっさと二人で七月のうちに片づけていた。 今日は、来週から行く予定の沖縄の海、その資料を探しにやって来たんだ。 初めて、二人だけで行くダイビング。 旅費は、半分は親の立て替え。残り半分は、計画が決まってからこの半年間で二人で貯めた。 潜りに行く、って言ったって、まだダイブするための道具も何も揃っちゃいない。だから、ほとんどが向こうでレンタルだけど、それで十分だ、ってショップの店員も言っていた。 とにかく、自分たちの目で、本物の海の中を見てみたかった。 本当は、こんな時期じゃなく、もっと早くに行きたかったんだ。 だけど、智んちのおじさんの親戚に何だか不幸があったとかで、急遽こいつとおじさんが明後日っから大阪に出かけるコトになっていた。 大体・・・ 何でそんなものに子供がついて行かなきゃなんないのかな。 こいつとは、もう10年以上のつきあいだけど、やっぱりおれには判らない。 親戚って言ったって、智だって、小さい頃に会ったっきりだって言ってたし・・・ そんなとこに、わざわざ飛行機に乗ってまで、どうしてこいつが行かなきゃなんないんだろう。 それさえなければ先週からでも、おれ達出かけられたのに。 ・・・ 判ってる。 それは、おばちゃんが一緒に行けないからだ。 仕事だから。 現場に穴はあけられないから。 だから、智が代わりについて行くんだ。 「・・・なんだよ。まさか来週の旅行。また、おばちゃんが仕事になっちゃった、とか言うんじゃねーだろうな」 「違うよ」 智は、申し訳なさそうに苦笑いする。 「ただ・・・拓にとって気持ちのいい話じゃないのは、おんなじだけど」 「じゃあ聞かない」 智は、えっとおれを見た。 「そんな話なら聞きたくない」 「・・・」 おれは、見終わった雑誌を智に向かって突き出した。智は、ううん、と首を振る。 「大体さぁ――どうしておばちゃんが行かない訳？」 「え？」 「明後日だよ。ロクに会ってもいない親戚んちに、どうしてお前がついて行く訳？」 「仕方ないじゃん、仕事なんだもの」 「仕事と自分のダンナの親戚と、一体どっちが大切なんだよ」 「僕に聞かないでよ」 智は、強烈なおれのイヤミをものともしないで笑って見せる。 「仮にも結婚してんだろ？夫婦なんだろ？自分の都合ばっかりを優先出来ない時だってあるんじゃないの」 「意外」 智は、コップのコーラを一口飲んだ。 「拓って・・・案外古いんだな」 「何だと？こら」 「夫婦じゃないから」 「は・・・？」 「ウチの両親は、もう夫婦じゃないから」 ・・・ 「？・・・何バカなコト言ってんだよ」 「お互い、一緒にいたくないんだと思うよ。たぶん」 おれは、あっさりそう言ったあいつの顔を見直さないではいられなかった。 「父さんには、他につきあってる人がいる」 淡々と智は、言葉を繋ぐ。 「ずっと・・・前から。知っていたんだ」 ―― ―― 「父さんと・・・話してみようと思って」 「・・・」 「僕にはどうにも出来ないコトなのかも知れないけど、このままじゃ母さんも辛いし・・・浩平だって――何も知らないままなんだ。・・・このままにしてはおけないし・・・」 「何でだよ」 「・・・」 「何でお前がそんなコト――お前には関係ないじゃんか」 「・・・拓」 「あいつらが別れれば済む事なんだろ？！放っておけばいいじゃんか」 「でも・・・知ってるのは、たぶん僕だけだから――」 「・・・」 「・・・なかなか、父さんと二人だけになれる機会もないからね」 「何でだよ！」 「・・・」 「お前には何の関係もねーコトだろ！？」 ―― 行くな。 頭の片隅で声がする。 行ったからって―― お前が一緒に行ったからって何になる？ お前が行く必要なんかないじゃんか！ そうだよ。必要ないじゃんか。 だから――行くな。 ・・・行っちゃ駄目だ。 ・・・ |
