「お前さ」
少しして浩平が口を開いた。
「そんなに信用出来ない？おれのコト」
「そんなんじゃないよ」
「だったら・・・」
「一緒にいたいの」
「・・・は？」
「私が一緒にいたいだけだから」
「・・・」
私は必死に浩平を見た。
新幹線は東京駅を出発した。
窓の外をどんどんどんどん・・・景色が流れて消えて行く。
「・・・お前さ――もしかして、ヘンな責任とか感じてるワケ？おれより先に話を知っていたからって」
「・・・」
「そういうの、同情って言うんだぞ」
「・・・」
「だから、そういう顔すんなっての」
「・・・」
「次で降りな」
「やだ」
「やだじゃない！第一、おれ持ってないからな、お前の分まで切符買う金！」
「そんなの・・・！」
言ってしまってから・・・はっとした。
さっき・・・
入場券を買った時、大体のお財布の中身は頭の中に判ってた。
片道万単位のお金なんて、一介の高校生のお財布に入っていよう筈がない。
・・・
ダメ押しに覗いたトートバッグの片隅に、二つに折られた紙幣の束が見えた気がした。
まさか・・・。
けれど本当に。
そこにあったのは正真正銘、本物の一万円札で――しかも 一、二、三・・・なんと十枚も！
開いてみると、中から小さなメモ紙がひらり・・・と一枚舞い落ちた。
書かれていたのは、何処かの電話番号と・・・"ツインも可♪"という、見覚えのある誰かの字。
私は浩平と顔を見合わせた。
そういえば・・・朝。
家を出る時に、このバッグを渡してくれたのは拓兄キだったっけ。
その時は、何を話したかもロクに覚えてない程度の軽い言葉をかけられて――。
私は、にやりと浩平を見た。
「切符。買えばいいんでしょ、買えば」
さすがに浩平も言い返せない。
だけどその後、二人して改めて兄キのメモを見返して・・・顔から火が出るほどに真っ赤になった。
書かれていた電話番号は、こないだ兄キが言っていた冴子さんのホテルのナンバーだった。
さすがにツインとは行くワケないし、新幹線の中から電話をかけて取りあえず、私一人で予約を取った。
ちゃんと冴子さんからの連絡も入っていたらしく・・・いともスムーズに手続き完了。
ついでに、兄キが二日後に同じホテルに来るコトも教えてくれた。
浩平は、かなりムッとした顔だったけど、こうなってしまっては叶わないと思ったのか、もうそれ以上、「次で降りろ」とは言わなかった。
・・・さんきゅ、お兄ちゃん。
トートバッグを抱きしめて、心の中で、デキた兄キにこの時ばかりは感謝する。
発車のチャイムが鳴って・・・
もうすぐこいつと、このまんま会えなくなるんだって思ったら、咄嗟に中に飛び込んでいた。
このままじゃやだ。
そんな思いが確かにあった。
こないだみたいに、不完全燃焼の思いをくすぶらせたままで、インターハイのスタンドからこいつを見守るなんて絶対出来ない。
・・・
みんなで、もう一度智兄ちゃんと向き合おう。
そう言ってくれたのは浩平だった。
私たちに、辛い思いを残すコトが智兄ちゃんの望みだったとは思いたくない。
智兄ちゃんの分までこの現実を、どうやって受け止めたらいいか考えたい。
智兄ちゃんが一番心配してたのは、事実をみんなが知るコトで、傷ついたりショックを受けたり・・・
辛い思いをしてしまうんじゃないかってコト。
でも・・・
一番辛いのは、隠されてた事実があったってコト。
今は確かにショックでも・・・ゆっくりと、そして少しずつ、受け止めていければいいんじゃない・・・？
それが・・・智兄ちゃんの出来なかったコトで――
私たちが考えなくちゃいけないコト。
・・・
「大人って・・・」
二人して、自由席の空いてるとこに並んで坐る。
ぽつりと浩平がつぶやいた。
「大人ってさ、何か・・・すごくねぇ？」
「・・・」
「結婚してさ、10年以上も一緒に住んでて・・・そんな相手にウソついて、他に恋人作ってさ。その上・・・全てを知っていた、って」
「・・・」
「別に、自分の親に勝手な理想持ってたワケじゃないけどさ。いや・・・もしかしたら本当は・・・持ってたのかも知れないけどさ」
「・・・」
「理解不能。キャパ越えてるよ。自分を裏切った相手とだぜ？仮にも家族として一緒に住んで、顔を合わせていたワケじゃん？・・・信じらんねー。何のために？そんなの家族でも何でもないじゃん」
「・・・」
「なのに何も気がつかないで、おれってば脳天気に学校行って陸上なんかやったりしてさ。何か・・・こう――」
「・・・」
「ムカつくんだよ、自分自身に」
浩平の言葉が心に刺さる。
「おれ・・・ほんとに何も出来なかったのか」
「・・・」
「智兄みたいに、もう少し何か・・・出来なかったのかな」
「・・・」
「・・・まあ――そんなの今更、だけどさ」
「浩平は・・・」
「・・・」
「浩平はちゃんとしてたと思うよ。智兄ちゃんには出来ないコトを、きっとちゃんとしてたと思う」
浩平の目が、聞き返すように私を見た。
「智兄ちゃんは・・・いつも浩平のコト、気遣ってたもん。今思うとほんとにいつも、浩平のコトを心配してた」
「デキの悪い弟だったから、ってオチかよ」
「そんなんじゃないよ！浩平が元気でいるコトは、智兄ちゃんの救いだったんだと思う・・・。自分がここにいるコトで、浩平は何も知らずに――いつもと何も変わらずに過ごすコトが出来たんだもん。きっと智兄ちゃんの一番の励みになったんじゃないのかな・・・」
「・・・」
「もしも拓兄キがここにいたら、『思う、で言うな！』って怒られちゃうと思うけど・・・おばちゃんがいて・・・浩平がいて・・・何事もなかったみたいにおじちゃんがいて。それが智兄ちゃんにとっては、一番大切だったんじゃないのかな・・・。みんなを大切にしたかったんだと思うよ」
「・・・ウソで真実（ほんと）を固めても、かよ」
「壊れるよりはずうっといいじゃん」
「・・・」
「このまんまでいたかったんだよ。ウソでも・・・偽物でも、智兄ちゃんはここにいたかったんだ。ずっと・・・ウソをつき通すコトになったとしても。だから、おじちゃんを説得しようとしたんだよ」
「・・・」
「おばちゃんだって・・・ほんとは今でも、おじちゃんのコト好きなんだよ・・・？」
「・・・」
浩平は黙った。その横顔は驚くくらい智兄ちゃんによく似てた。
おじちゃんは智兄ちゃんを、自分のほんとの子供じゃないんじゃないかって疑ったコトもあったって・・・前にお母さんに聞かされた。
そんなコトあるワケないじゃない。
こんだけ似てる二人を見れば、誰だってそう思うに決まってる。
だけど、おじちゃんにはそうじゃなかった。
おばちゃん、辛かっただろうな・・・。
だけど・・・
それでも・・・
智兄ちゃんは、ここにいたかった。
自分さえ真実（ほんと）を話さなければ、みんなでこのまま、ここにいられるって信じてた。一生懸命・・・信じたかった。
みんなで。
このまま――ここにいたかったから。
「パカだよな」
「・・・え？」
「つくづく・・・パカだな、って思ってさ」
浩平は、何かをふっきるように言い切った。
「・・・何かさ――」
「・・・うん」
「・・・何か、ハラ減らねー？」
「はぁ？！」
「さっきの弁当、まだ余ってたよなぁ」
「捨てちゃったよ！だって、いらないって言うんだもん！」
「・・・じゃあ、何か買って来よう」
浩平は勢いよく席を立った。
「なっ・・・何なのよぉ、急に！」
「このみ」
「え？」
「ありがとな」
浩平は少しだけ、照れたみたいに笑って見せた。
「かなわないって思ったんだ。六年も家族のために自分を殺して、気持ちを抑えて。そんなのおれに出来るワケないって。だけど判った。おれにはそんなの必要ないんだ。だって、もう壊れてるんだから」
「・・・」
「作ればいいんだ。また最初から。智兄がいたかった場所をおれ達がここに作ればいい。だろ？そういうコトだよな」
――浩平は、楽しそうに笑って見せた。
それは・・・いつもの――
いたずらっ子がそのまんま大きくなったみたいな笑い顔。
私が見慣れた筈の浩平の、けれどとっても懐かしい笑顔に見えた。
・・・
・・・To be continued.
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