syncro4-8

２時間半後。

新幹線は、静かにホームにすべり込んだ。
陸上部の寮へはここから電車を乗り換えて15分。
さらに10分程度駅から歩く。

まっちゃんと来た時は、ここからタクシーで直接学校まで行ってしまった。
だから、地元の電車に乗るのはこの日が初めてだったんだ。
浩平は慣れた足取りでずんずん歩く。
都内と違って人通りは遙かに少ない。
それでも不慣れな場所で、うろうろおたおたしている私を、浩平は時々振り返ったり、手を引いたりしてくれながらエスコートした。

『ありがとな』

そんな背中を見ているうちに・・・
さっきの、こいつの言葉を思い出した。

『かなわないって思ったんだ。六年も家族のために自分を殺して、気持ちを抑えて。そんなのおれに出来るワケないって。だけど判った。おれにはそんなの必要ないんだ。だってもう壊れてるんだから』
・・・

『作ればいいんだ。また最初から。智兄がいたかった場所をおれ達がここに作ればいい。だろ？そういうコトだよな』
・・・

まっすぐな眼で、そう投げかけられた時。
思わず、うん・・・とうなずいていた。
智兄ちゃんは智兄ちゃん。
浩平は浩平のやり方で、進んで行ければいいんだよ。

―― 一緒にいる事だけが全てじゃないよ。
――離れてたって、二人してちゃんと向き合えてれば大丈夫──だとは、思わない？
離れてたって――
気持ちが通ってさえいれば。
・・・
どれだけ近くに一緒にいたって、すれ違ってしまうような思いもあるんだ。
だから私たちはそれ以上に・・・お互いの事を思いやって・・・
大切にして・・・
たとえどんなに離れていても――。

それが浩平の感じ方。
一緒にいたくて・・・
自分の気持ちを押し殺してまでそれを守ろうとした智兄ちゃんと・・・
離れてたって・・・
気持ちが通ってさえいれば大丈夫だと、信じようとしているこいつとの違い。

だったら・・・私も信じたい。
会いたい時に会えなくても・・・
いてほしい時にいてもらえなくても・・・
気持ちを通わせられる可能性を。
相手を信じていられる思いの強さを。
・・・

冴子さんのホテルは、すぐ見つかった。
駅の前。地上14階建ての一目で判る立派な建物。
「チェックインって、どうせ午後だろ？どうする？それまで」
「あ・・・そっか」
言われて初めて気が付いた。
浩平は、学校へ行く前に陸上部の監督さんのとこに顔を出すように言われてた。
・・・当然だろう。無断で飛び出して来てしまったんだから。
そんなとこへ私なんかが、のこのこ一緒にくっついてくワケには行かない。

「練習、見学してちゃダメかな・・・」
「このクソ暑い中で？」
「適当に休みながら見てるから」
「・・・言っとくけど、おれ達の練習はもう外じゃやらないよ。インターハイも三日後だしさ。そんな中にいたら却って怪しいって」
「・・・」
『勝手について来たんだから自分で何とかしろ』――なんて、言われちゃうのかな・・・。
ふと不安になった時。
「・・・いっそ、お前も来るか？寮に」
「・・・えっ？
「ちゃちだけど、一応エアコンもあるし。外にいるよりは幾らかいいだろ」
「・・・いいの？」
「おれもどうせ、帰寮届け出しに行かなきゃなんないし・・・一緒に行くよ。昼飯、何か買っとけよ」

寮の中に入るのは初めてだった。
浩平が毎日過ごしてる場所・・・。
そこを見てみたい気持ちはあった。こないだまっちゃんと来た時はほんとに練習場しか見れなかったし。
だから、ちょっぴりだけどラッキーって言うか・・・
嬉しいって言うか・・・
少なくとも暑い中、私を気遣ってくれている浩平の思いは十分伝わっても来ていたし。

だけど・・・

「寮って・・・萩原君と共同じゃなかったっけ、部屋」
「そうだよ」
「い・・・いいのかな。そんなとこに私なんかが勝手に入って」
「勝手じゃねーじゃん。おれがいいって言ったんだしさ」
「・・・」
「大丈夫だよ。間違ってもエロ本転がってたりはしてねーから」
「そっ、そういう問題じゃなくってさ！」
「今日は終業式だし、インハイも近いし、そんなにがつがつ練習もしないと思うんだ。すぐ戻れるよ」
「・・・」
私は、突然の留守を任された子供みたいな気分で浩平を見た。

陸上部の寮についた時、浩平はきょろきょろと辺りを見回した。
今日は一学期の終業式。
時計は11時を回っていたし・・・そろそろみんなが帰って来てもいい頃だ。
「たぶん、午後からそのまま練習になると思うんだ」
浩平は、入り口の自動ドアの前から私に向かって手招きをした。

寮、って言ったって、見た目は普通のマンションと変わらない。
金網と植木で敷地の廻りは囲われて、『相模高校陸上部』って書かれた案内板が立っている。
もしもそれがなかったら、まさかここが学生寮とは誰にも判らないんじゃないかとも思う。
ウラには、学校のほど規模は大きくはないけれどグラウンドなんかもちゃんとあって、昼間の練習が終わってから自分の立てた計画に沿って、ここで更に走り込む、なんていうコトもするらしい。

国道沿いではあるけれど、車の通りはそんなにない。
道を一本中に入れば畑や田圃があったりして・・・
遠くにいるんだな・・・って、ぼんやり思う。

「いいか、おれが受付の目を惹きつけるから、その隙に中に入るんだぞ」
「えっ？！」
「入ったら階段上がって左に曲がれ。トイレがあるから中に入ってカギしめろ。おれもすぐ行く」

え？え？

「ちょっ・・・ちょっと待ってよ！」
「なんだよ」
言いかけた言葉を飲み込んだ。
少し考えればすぐ判る。驚く自分がバカだってコト。
男の子しかいない寮。しかも、本当だったら学校にいなきゃいけない時間に中に入ろうって言うんだもん。
そんなの・・・当然だった、よね。

「・・・何でもないです」
「よし」
浩平は、満足そうにうなずいた。
――――

――――
「監督さん、学校で待ってるって言ってたよ」
帰寮届けを書いてると、受付のおばちゃんがそう言った。
聞いてるおれの背中には、こそこそと階段を上がってくこのみの気配。
必死に笑いをかみ殺す。

「あんた、朝一番の新幹線で帰って来るんじゃなかったの？」
「帰って来ましたよ。だからここにいるんじゃん」
「・・・一体今、何時だと思ってるのよ」
「仕方ないじゃん！これでも思いっきりアセって飛んで来たんだぜ！」
「そういう時はね、あとどのくらいかかりそうです、とか、電話の一本も入れるもんなの。あんた自分の立場判ってる？」
「・・・立場？」
「怒ってたよ、監督さん。覚悟しときな」
「・・・」

・・・覚悟って言ったって――

それは、まあ・・・仕方ないとは思うけど・・・
こっちにだって言い分はあるし――

「・・・とにかく早く学校へ行った方がいいね。連絡はしとくから」
「・・・」

おれは急いで二階のトイレに駆け込んだ。
「おい、このみ」
小声で呼んで、戸を開けさせる。
「とりあえず学校に行って来る。部屋はここを出て、まっすぐ行った先の３号室だ。これ、カギ」
「・・・判った」
「じゃあな」
「・・・あ。あのさ――」
「うん？」
「・・・」
「・・・？何だよ」
「・・・監督さん、怒ってたって・・・？」
「・・・まあ、仕方ねーな。普通怒るだろ、この場合」
「・・・」
「取りあえず、さっさと行って来る。――じゃあな」

いくら自分からくっついて来たとは言え、いきなりこんなとこに残されちゃ不安に思うなってのがムリかも知れない。
金がないワケじゃないんだし・・・チェックが済むまで、外で時間つぶしをさせてもよかったかな・・・。
そんな後悔も頭をよぎった。

もう一度、このみにおれ達の部屋を確認させて、そのまま階段を駆け下りる。
おれは学校へと駆け出した。

「森山君！」
校門の前には雅巳と、マネージャーの千晶がいた。
どうやら終業式は、とっくに終わっていたらしい。
「お帰り」
相変わらずの、雅巳ののほほんとした笑顔。おれは顔の横を流れる汗をひとしきり拭った。
「・・・監督は？」
「部室にいるよ。・・・早く行った方がいいと思うよ」
「・・・怒ってる？」
「当ったり前でしょっ！」
千晶の声が耳元に響いた。

「全く！あんたには自覚ってもんがないのっ？！インターハイまで、本当にあと少しだって言うのに・・・！」
「とにかく・・・行って早く謝った方がいいと思うよ」
雅巳の言葉が一番現実的におれには思えた。

・・・今はそれしかない。怒られても仕方のないコトをしたんだし。
そのままおれは、陸上部の部室に向かった。
・・・

・・・To be continued.

　　　　　