| Ｓｙｎｃｒｏ 〜第五章 §5 |
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――おれが、のほほんと自分のコトだけ考えて…… 陸上なんかをやってた間。 兄貴はずっと"それ"を抱えて―― だからおれは何とかして…… 今更、って思われるかも知れないけれど、そんなあんたの思いに何とかして、応えようとしてたんだ。 どうしたら―― それが出来るかは、今も全然判らない。 おれにはあんたみたいに、そういう現実を受け止めるコトも…… 自分を抑えて、大切な誰かを思いやるコトも出来なかったから。 自分の気持ちを整理するのに精一杯で―― おふくろにも、このみにも、ひどいコト言ったし、心配もかけた。 だから…… 今のおれに出来るのは―― ゴールに飛び込むなり、おれは雅巳にかみついた。 「てめぇっ！このヤロー、きたねぇぞっ！」 さすがに小さく息を切らして、雅巳はにこり、とおれを見た。 「そんなに……そんなに速く走れるクセして！今まで一度もそんな走り、練習で見せたコトなかったじゃんかよっ！」 余りのおれの剣幕に、このみがびっくりして肩をすくめた。 「当たり前だよ、そんなコト」 いつもと何ら変わらない、のほほんとした声で雅巳は答えた。 「練習はあくまで練習なんだよ。これは勝負。それも、僕が仕掛けた真剣勝負だったんだから」 その差はわずか数十センチ。 けれど、それはとてつもなく大きい数十センチだ。 おれとこいつの、走るコトへの気持ちの入れ方がそっくりそこには表れている。 「ほんとは、ここまでマジになっちゃうつもりはなかったんだけどね。つられちゃったよ、森山君に。あんまりすごい追い込みだったから」 「……」 「ごめん。思わず本気出しちゃった」 雅巳は、小さく舌を出して笑って見せた。 ……思わず――って。 ……思わず本気、って―― 「ナメてんのか、おめー！」 「そんなんじゃないよ！きっと僕たち、いい感じの記録出したと思うよ。それに森山君だって、いつも以上に走ってたじゃん」 「……」 「勝ちたいって思ったでしょ。死んだお兄さんじゃなく、今――目の前にいる相手に勝ちたいって。少なくとも僕はそう思ったよ」 満足そうに笑って見せる。 『……智兄』 雅巳においてかれそうになった時。 心の中でつぷやいていた。 確かにあの時、おれはこいつに勝ちたいと思った。 兄貴のためとか、何のためとか、そんなのどうでもよくなって…… 今目の前にいるこいつにただ、勝ちたくて―― この期に及んでいてもまだ――そういう自分を捨てきれなくて…… 『智兄。ごめん』 おれだけだ。 未だにおれだけ…… おれだけいっつも自分のコトで精一杯で―― ――私…… ここでうなずくのがどういうコトか。 私が浩平に望むコト。 『あんたは一体どうしたいワケ？』 『彼にここにいてほしいワケ？一緒に帰ってほしいワケ？』 ――一緒にいたい。 その気持ちは変わらない。 いつまでも…… 智兄ちゃんがいた時みたいにみんなして、あの場所に集まって笑っていたい。 だけど……今、私はここにいて……。 智兄ちゃんに会えたコト。 みんなと一緒に、あの時確かにそこにいたコト。 そして――それらが失くなったコト。みんな現実。 それでも……私はここにいる。 もしも"あの時"がなかったら、私はここにはいなかった。 萩原君と一緒の浩平も、インターハイを目指して、あいつがここに来るコトも…… それは私たちがみんなして、そっとこの手に包み込んで、積み上げて来た大切なもの。 智兄ちゃんは生きている。今でも、ここに生きている。 そのコトを、何より強く信じられる。 ――だから。私…… 「大丈夫」 口を開いた。 「そんなコト位で智兄ちゃんは浩平に、『忘れられた』とは思わないよ、絶対に」 ――ねえ、お兄ちゃん。 隣の拓兄に目を向けた。兄キは、どうだろな？ってつぶやいて、いたずらっぽく片目をつぶった。 ……何よ。昨日は、うなずいてくれたのに。 萩原君の後ろに榎本さんが立っていた。腕組みをしてこっちを見てる。 私の番だ。 今度は私の番――なんだ。 小さく息を吸い込んで、浩平を見た。 ―――― 陸上部部室。 机には大内監督が座ってて――浅岡さんが脇にいる。 雅巳と二人で、寮を出た時に打ち合わせをした通り、揃って深く頭を下げた。 「話は、判った」 やがて。大内監督が静かに言った。 「……というより、君たちの気持ちは一応判った」 「じゃあ――」 雅巳の顔が聞くなり輝く。 「森山」 「はい」 「正直言って……インターハイまでに君から何もなかったら、これまでかな、という思いはあった」 「……」 「嬉しかったよ。色々……思うところはあったと思うが、よく気持ちを固めてくれたね」 「午後の練習を見た感じでは、ほぼ復調、と言ってもいい感じだな」 浅岡さんもほっとした様に笑ってくれた。 「ただ――な」 監督が言い、浅岡さんと視線を交わす。 「せっかくの申し出に水を差すようで申し訳ないが……1600mリレーのメンバーを元に戻すつもりはないんだ。今のところはな」 えっ…… 言いかけたおれより早く、雅巳が言った。 「何でですか？インターハイが、もう明日だから？」 「それもある。でも一番の理由は、森山の代わりに出場が決まった刈部の事だ」 「……」 「改めて言わなくても判るだろう？そもそもの発端が誰のせいかは」 それを言われては言い返せない。と言うか…… ごもっとも、としか言いようがない。 おれのせいで、急遽リレーへの出場が決まった刈部。それを今更、おれが出たいと言ったからって「はい、交代」とは行かないだろうし、したくもない。 出させて下さい、と頭を下げてはみたものの、もしもここであっさり出場が決まろうものならおれから逆に、それを訊こうと思ってた。 雅巳も、そうと察したらしく、言い返そうとはしなかった。 「刈部もがんばってくれている。目標だった13秒台にも今日の練習で届いた事だし、後は他のメンバーがどこまで彼をカバー出来るか。――だろう？萩原」 ゆったりと微笑みながら監督が言う。 雅巳は、にこりとそれに応えた。 「森山。君にも大切な役割がある」 「……はい？」 「せっかく覚悟を新たに来てくれたんだ。萩原と出場する400mリレーで、高校新を狙ってみないか」 「え？」 「『え？』じゃない。何のために君を、400mリレーに残したと思う？ウチにとっては、勝って当たり前の種目なんだ。本気で狙ってもらいたい。記録をね」 浅岡さんがおれを見た。 ――言っただろ？そういうコトなんだ。ここから先に、お前が進むというコトは。 「……」 おれは雅巳と顔を見合わせた。 ……さすが、と言うか―― 人使いが荒い、とでも言ったらいいのか―― まあ……この場合、望むところだ、とでも答えるのが一番近いってコトになるんだろう。 にしても。 明日は本番だというこの期に及んで、今更目標もないもんだよな……。 しかもその目標ってのが―― 「40秒を切る」。 ちなみに――去年のインハイ優勝記録が40秒45で…… 39秒30ってのが日本記録なんだって雅巳から教えられたのは、部室から出たすぐ後のコトだった……。 「なあ。雅巳」 廊下を歩きながら、思った事を口にした。 「お前……ほんとはおれに勝っちゃって、しまったなぁとか思ってないの？」 「え？どうして？」 「もし負けてれば、榎本に堂々と告白出来たのに」 「ああ……そんな約束、全然頭になかったよ。スタートした瞬間にきれいに何処かに消えちゃってた」 ……ウソこけ。 「あいつ、監督達にチクらなかったんだな。今朝のコト」 「だから言ったじゃない。あれで結構いいとこあるんだよ、彼女」 ……それはどうだかな。 あの後。一瞬だけだけど、このみとガン飛ばしあってたじゃん。 お前、気が付いてなかったの……？ 校門の前には、このみと拓さんが待っている。おれ達は昇降口から外に出た。 真っ赤な夕陽。 昨日も、そしてその前も、きっと夕陽はおんなじに真っ赤だったんだろうけど……何だか違う。そんな気がした。 明日はいよいよインターハイだ。 去年の今ごろ。おれはまだ向こうの学校にいて…… チームリレーでの出場なんて、まだまだ夢のまた夢で…… 出るだけだったら今までと同じだ。出る以上は勝ちたいし、自分の気持ちに決着もつけたい。 ……わがまま、ってコトになるんだろうな。 こんな時に、こんな形で、やりたい事をやろうとするのは。 だけど…… それでもおれは―― 『そんなコト位で智兄ちゃんは浩平に、”忘れられた”とは思わないよ、絶対に』 ―― ……悪いな、兄貴。最後まで出来の悪い弟で。 「えっ？何か言った？」 校門前。このみの声に、おれは慌てて頭を振った。 ・・・To be continued. |
