| Ｓｙｎｃｒｏ 〜第五章 §6 |
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「わ、ここにも出てる！」 ホテルのラウンジ。 まっちゃんは、ばさばさと派手に新聞を広げて見せた。 隣には、ここにあるだけの新聞を全部持って来ちゃったんじゃないの！？ってくらいの朝刊の束が積まれてる。 インターハイが始まって三日が経った。 競技は日程を順調に消化。浩平たちの出たトラック競技は、二日目――つまり、昨日には、その大半が終わってた。 さすがは陸上の名門校。相模高校は、ほとんどの競技で表彰台もんという結果だったし、大会新記録も次々と更新して行った。 中でも短距離。 萩原君は100mでも200mでも高校新を出してたし…… その彼と浩平が出た400mリレーでは、高校生初の39秒台というとんでもない記録が飛び出した。 たまたま巷に大きな話題がないコトも手伝って、一面にカラー写真入りで扱っている新聞も幾つかあって―― 一面ではないまでも、スポーツ欄にはかなりのスペースで取り上げられてたりもして―― 「すごいね！もうすっかり有名人だよ、森山君」 一昨日、着いたばかりのまっちゃんが言う。 私は慌てて頭を振った。 「そっ……そんなコト全然ないってば！」 「なぁに言っちゃってんの。高校初だよ、高校初！それも日本記録まで、もうほんのコンマいくつってくらいのすっごい記録を出したんだもん！見てみなよ、これ全部に出てるんだよ！」 「……だからって、別に浩平だけが取り上げられているワケじゃ……」 「あんたねー、判ってる？萩原君も他の二人のメンバーも、最初からここの陸上部にいた人なんだよ。森山君とは違うの。いきなりリレーに出場してさ、高校初。一体誰？！ってくらいの騒ぎになって当たり前でしょ」 「……」 「陸上部の監督って人も、わざとそれを狙ったんじゃないの？最初っから彼を出し惜しみする魂胆だったんだよ！きっと！」 まっちゃんのミーハーぶりは今に始まったコトではなかったけれど、思わず小さく苦笑い。 これで浩平の進学決定は、ほぼ確実ってコトだよね……。 確かに……あのリレーはすごかった。 浩平はアンカー。萩原君からのバトンを受けることになっていた。そこまではみんなの予想通り。それを覆したのはスタート直後。いきなり相模高校の圧倒的リードでレースが展開したコトだった。 仮にも決勝。それも全国から相応の人たちが集まって来ている大会なのに、まるで格が違ってた。 競り合う相手があってこそ記録は出るものだと思うけど、準決勝で既に40秒台の高校タイ。 決勝戦では相手はもう一緒に走る人たちじゃなく……”記録”そのものにあるのははっきりしてた。 浩平が目標にして来たインターハイ。 ずっとずっと勝ちたくて……チームリレーでの出場を目標にして来たインターハイ。 でももうそれは、あいつの目標でも何でもなくて…… 表彰台のてっぺんで、四人揃ってメダルをもらう浩平を見ながら思ってた。 ここから、なんだね。 次の目標。 次のステップ。 浩平のゴールはここじゃなく……もっと先。 もっとずっと遠く、なんだね。 ……そのコトが寂しくない、と言えばウソになる。 まっちゃんが見せてくれた新聞には、確かに見慣れた浩平の顔があったけど―― それは私が知っている、どの浩平とも違って見えた。 「インターハイが終わったら、森山君達はどうするの？一応引退、ってコトになるんでしょ」 「うん……秋の大会は１、２年生だけでがんばるらしいよ。海外の大会とかに出かけるんだって」 「へぇ……。となれば、いよいよ国際陸上とかにも出ちゃうのかな。そういえば来年はオリンピックだったよね」 「オ、オリンピック？！」 「とーぜん視野には入ってるんじゃないの？監督さんたち」 「……」 いきなりの言葉に黙ってしまう。 外国の大会ってだけでもめんくらってしまうのに、オリンピックだなんてもっとイメージびんと来ない。 「森山君らしくなって来たじゃん。ここだけにおさまるスケールじゃないもんね、どう考えても彼はさ」 「……」 改めて、そこに広げられてる新聞に視線を落としてみる。 智兄ちゃんの思いを知った時。 小さな子供みたいにぽろぽろ涙を流した浩平。 力を失くした瞳(め)の輝きは、まるで別人みたいに見えたっけ……。 拓兄キは、浩平のリレーでの優勝を見届けると次の日の新幹線で帰ってしまった。 そんなに早く？って、私もまっちゃんも思ったけれど、並木先生はもう慶良間に飛んでいるんだそうで…… お兄ちゃんも、このまま直行って勢いで合流しちゃう予定らしい。 私以上にがっかりしているまっちゃんのために、例によって兄キは前の晩においしいディナーと、紘子スタイルでの”記念撮影”を気前良くプレゼントしてくれた。 くれた、って言うのもどーなのよ、っていうくらいのサービス過剰。 ほとんど悪乗りの域ではあったけど、まっちゃんのコーフンはこの上もなく―― その時の写真(とーぜん直筆サイン入り！)は、彼女の定期入れの中に大切に収まるコトになっていた。 12月からは向こうでは、ホエールウォッチングが出来る時期になる。それを狙って、かれこれ半年間くらい慶良間にいるコトになるんだって。 「15日には一度戻って来るよ」 「ほんとに？大丈夫なの？」 「先生には前から言っておいたし、へーきなんじゃない？浩平もいない命日じゃお前もさぞかし寂しいだろ？」 タバコの煙を、小さく吸い込みながら兄キは笑った。
それを聞いた時、何となく…… そんな気がした。 智兄ちゃんが、私達にくれた”今”。 それを”これから”に繋げて行きたい。 ……ここで”今”を終わらせたくない。 浩平は…… 智兄ちゃんの存在を、そういう形で生かして行こうと決めたんだ。 忘れたくない。だから、留めるんじゃなく…… 一緒に前へ―― そう、決めたんだもんね……。 「あの、ね……お兄ちゃん」 前からずっと――言おう言おうと思ってたコト。ディナーの後で、恐る恐る言ってみた。 「おばちゃんの、再婚の話なんだけど……」 「言っておくけど、おれの気持ちは変わってないよ」 「……」 取り付く島なし。 「どっ……どうしてよ！」 「理由は前にも言っただろ」 「お兄ちゃんは、おばちゃんに幸せになってほしくないの？智兄ちゃんのお母さんなんだよ。大切な人のお母さんなのに！浩平はいいって言ってくれているんだよ！」 「浩平は浩平。おれは、そんなんで決着つけたくないんだよ」 「……お兄ちゃん」 「智はいない。どこに行こうが会えるワケない。決着なんてつきっこない。おばちゃんが結婚しようが、浩平が大学に進もうが、それは決着でも何でもない。おれにとってはね」 「……」 「そういうお前はどうなんだよ」 「えっ？」 「浩平は前に進むって決めたんだ。でもそれはあいつの気持ちで、お前の気持ちじゃないだろ。お前は、繋げていけるのか？智は確かにここにいた。だからなんだよ？今はどこにもいないじゃん」 「……」 「一番納得出来ていないのは、本当はお前自身じゃないのか」 私は―― どきっと体を硬くした。 「お前はいっつもそうだった。事故の時も……一番たくさん泣いてたけれど、一番素直に、人の言うまま受け入れて。……いいんだぞ。ムリヤリ理屈くっつけて、ケリつけようとなんかしなくったって。忘れたくない。いいじゃんか。いつまでもみんなで智に会いに行けばいいじゃんか。そっちの方がよっぽど判りやすいだろ」 「……」 おんなじだ。 その時思う。 前にも私……これとおんなじコトをおばちゃんに言われた。浩平が、智兄ちゃんの部屋を片付けるって言い出した時。 ―― 『いけなくなんかないんだよ』
――テーブルの上。 お兄ちゃんの吸いかけの、タバコの煙が上ってく。 ゆっくり……ゆっくり。 細く青く、立ち上ってく。それが一瞬じわっ……とにじんで―― 「あんまり物分りのいい彼女やってると……浩平のヤツ、安心して陸上バカになっちゃうぞ」 「……」 私は、泣き笑いしながら涙をぬぐった。 「それは――やだ」 兄キは、ふふっと笑って続けた。 「だったら言っとけ。15日には絶対、何があっても帰って来いって。帰って来なかったら別れてやるって」 「それも……やだ」 「ばかだなぁ。遠恋はそれくらいの緊張感ないとダメなんだってば」 ……そういうお兄ちゃんはどうなのよ。 冴子さんとはそうやって、お互いの気持ちを駆け引きしてるの？ 私達よりもっともっと、微妙な距離の遠恋してる筈なのに。 言い返したいのに言葉が出ないよ。 ……ありがとね。お兄ちゃん。 私―― 私も決めるよ、自分の気持ち。 浩平が自分の気持ちに気がつけたのは、”今”ここにいる萩原君や榎本さんのお陰だった。 それじゃあ私は――？ 私はこれからどうしたい……？ 浩平に合わせるワケじゃなく…… ただ流されるワケじゃなく…… 私は、これからどうしたい……？ ・・・ |
