| Ｓｙｎｃｒｏ 〜第七章 §2 |
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夢を･･･見ていた。 ぼんやり広がる明かりの中に、円筒形の水槽が浮かんでる。 それは、途方もなくでかくって･･･ ビルの３階くらいの高さは余裕にあった。 見上げた水面近くには、陽の光とも、人工灯ともとれる明かりが降っていて･･･ 限りなく透明に近い水。 熱帯魚の群れ。 サンゴの影から顔を覗かせている小魚たち。 悠然と視界を横切るマンタの影や･･･ まるで、おれが知ってる南の海を、そのまま円筒形のブロックにして固めたみたいな。 綺麗だけれど･･･コンプレッサーの器械音が微かに響く人工の海。 ここの水は･･･生きてない。 前に･･･並木先生に言われた事がある。 『海は生きてる。そこにいる生き物たちにとって、海はかけがえのない生活の場で･･･ おれ達はそこをおそれ多くも、ほんのちょっぴりだけ覗かせてもらってるだけなんだ』 『だから、当然色んな装備や心の準備、そして知識が必要なんだ』 でも――ここの水は生きていないから。 ほんとの海とは違うから･･･ だから、そういうややこしい事は何も考えなくていい。おれのダイビングへのイメージを見事なまでに表している。 その水槽のガラスの前に、智紘が１人で立っていた。 ･･･またかよ。 何回も、何十回も見て来たシチュエーション。 よっぽどおれの頭の中では、あいつと水族館の繋がりは強いらしい。 海面近く。視界の遥か上方をウミガメの腹がのんびり過ぎる。 智の横顔が小さく笑った。 「ねえ･･･拓」 「何だよ」 「沈没船ってさ、よく魚達の住処になってるじゃない」 「ああ」 「遺跡とかでもそうなのかな?」 「･･･何だって?」 「遺跡だよ、海底の。熱海とかで見つかったじゃん。知らないの?」 「･･･知るか、そんなの。･･･どうしてお前がそんなコト知ってるの?」 「一時期すごく話題になったらしいから。ダイビング雑誌で見たコトがあるよ」 「ふうん･･･」 「そう言えば･･･沖縄にもすごいのがあるんだって」 智紘の目が嬉しそうにおれを見た。 「何処だったかなぁ･･･調査団とか出来て、かなり大規模に調べられたって。少し前の話だけどね」 「一般のダイバーでも潜れるのかな」 「うん。雑誌に出てた。写真とか」 「へえ･･･」 「見てみたくない?どんなんか」 「･･･別に。興味なし」 「どうして海底に沈んでしまったりしたのかなぁ。ものすごくでかいんだよ、階段や神殿らしい跡もあるんだって。人工物じゃないんじゃないかとか、結構新聞なんかでも騒がれたらしいよ」 嬉々としてしゃべる智を見るのは嫌いじゃない。 反応を返してやりたくて、おれは声の方に身体を向けた。 「沖縄の･･･何処にあるんだよ」 「･･･えっとね･･･確か与那国の――あ。でも、拓は興味ないんだよね。こういうの」 「･･･」 智は突然口をつぐんだ。 笑顔が消えて･･･澄んだ瞳が漂うように、前に広がる水槽に移る。 「――会えるかも」 「･･･え?」 「そこに行けば･･･もう一度、会えるかも知れないのに･･･」 「誰に?」 「拓に」 「･･･」 智の目が、強い光でおれを見ていた。 挑む･･･ 願う･･･ どんな言葉でもしっくり来ない、いつものこいつにはあんまりない･･･ 強い･･･というより、毒々しい感じさえするような･･･ 「待ってて･･･いいかな。そこで拓を待ってても･･･」 「智･･･」 「他にも･･･ほんとは他にも･･･あったんだよ。拓と一緒に行きたかった場所」 「･･･」 「あんな事さえなかったら･･･ここに、もっといられたら――そしたら僕は･･･」 続けて何か言いかけて･･･智は苦しそうに顔をゆがめた。 その途端、辺りは無音に包まれた。 智の姿は既になく、照明が落ちた”水族館”は完全な闇に閉ざされた。 おれだけが、ぽつんとその場に残されて･･･ ―――― 「きゃっ!」 マンションの１階。エレベーターホールで危なく誰かにぶつかりそうになった。 よろけた身体を、隣にいた浩平の手のひらが咄嗟に支えてくれていた。 「･･･拓さん」 「えっ?!」 私は、びっくりして前にいるその人影を見直した。 見慣れた筈の涼しい笑顔に面食らう。 時刻は夜の七時になろうとしてた。 「お帰り。どうだった?久しぶりのおデートは」 「『どうだった?』じゃないわよ!こんな時間に、一体何処へ何しに行くの?!」 「ナルちゃんち。しばらく会えなかったしさ、人肌恋しくて」 「･･･」 反射的に耳まで赤面。 もちろん浩平は、深い意味には受け止めないで、 「今晩台風上陸するってよ」 昼間は何とかお天気だったけど、夕方からはずいぶん雲も分厚くなって、空は今にも泣き出しそうだ。拓兄が丁度こっちへ帰って来たのと入れ替わりに、沖縄にいた台風がいよいよ向かって来ているらしい。 兄キは、にこりと笑って見せた。 「それは大変。尚更今晩帰れないかも知れないな」 「いい加減にしてよっ!」 私は怒鳴った。 「心配してんだよ!ほんっとに心配してるのに･･･クリニックにだって、どうせ行ってないんでしょ!」 「ばかだなぁ。心配心配って･･･何がそんなに心配なんだよ」 「･･･何がって――」 「体調だったらもう大丈夫。今日は一日よく眠ったし、お陰でずいぶんすっきりしたよ。母さんにも言ったけど･･･この台風がいなくなったら、おれ、並木先生のとこに戻るから。明日か、明後日くらいになるかな」 拓兄は満面の笑みで受け流す。 ･･･ほんとに判っているのかな。 沖縄に戻ってしまう前に聞いてみたい。 祥子おばちゃんのこと。結局、この人はどんな結論を出したんだろう。 どんな思いで今年の命日を過ごしたか。”これから”を過ごして行こうとしてるのか。 そして･･･ 結局連絡のつかないいままの冴子さんのコト。 “5th.Avenue”にも行ったけど、三村さんからも、これと言った情報はもらえなかった。 それら全部をこの人は、今、どんな風に受け止めているんだろう･･･。 今朝までは、あんなに真っ白い顔をして、ベッドに横になっていたクセに･･･ 別人みたいに張りのある声。いつもと変わらない笑い顔。 でも･･･何か―― 何かが少し違う気がする。 何なんだろう･･･この感じ。 尚も言いかけた私の腕を、小さく引いて浩平が止めた。 「調子が戻ったんなら、よかったよ、拓さん」 「ああ。悪かったな、心配かけて。浩平は明日戻るんだっけ。また当分会えないと思うけど、お前もがんばってな」 「ああ」 兄キは、マンションのエントランスから外へ出た。 外は―― 風が強くなっていた。 街路樹の葉っぱが、不気味に大きく揺れて出して、道路に落ちた紙くずが風に巻かれて飛ばされて行く。 「･･･何だよ、元気そうじゃん、拓さん」 後姿を見送って浩平が言う。 私はため息混じりにつぶやいた。 「･･･あの様子じゃ、もうクリニックになんて絶対行かないね･･･」 「いいんじゃないか、行かなくたって。本人が調子がいいって言ってんだからさ」 「でも･･･何も聴いていないんだよ。おばちゃんの結婚のコトも、結局お兄ちゃんがどんな風に思ってるのか、何も聴けていないのに･･･」 「取り合えず、無関心ではないってコトは判ったじゃん」 浩平は私に笑って見せた。 「杉崎先生に会おうとしてくれたしさ。ほんとに関心がなかったら、ヤな思いするって判ってるのに、わざわざそんなコトしないって。拓さんなりに何とかしたいって思ってくれてるって事だろ」 「･･･」 「大体、冴子さんの事にしても･･･お前は他人事にばっかりエネルギー注ぎすぎ。自分の進路はどうするんだよ。卒業したらこっちへ来るのか。人の事心配してる場合じゃないだろ」 ――結局『何も聴けてない』のは、おれもおんなじなんだぞ。 浩平の、言葉にしない声が伝わる。 「秋の国体までには結論聞かせろよな」 言い方は、前みたいにはキツくない。 笑顔さえ浮かべてそう言って――前の浩平に比べたら･･･余裕?の態度。 兄キにしてもおばちゃんにしても･･･ 浩平にさえも、私ってば答えを求めてばっかりで、自分では何も見つけていない。 「気がついたら、お前だけが取り残されてたなんて、ないようにしろよな」 「･･･判ってるよ」 ･･･反論の余地なし。 ごうっ、とひとつ音がして、風の固まりが辺りを揺すった。空き缶が勢いよく通りを転がされて行く。 「今晩おふくろもいないんだよな。晩飯食いに行ってもいい?」 不安げに外を眺めていると、浩平が無邪気に話しかけた。 「うん、いいよ。お母さんも『最後の夜は絶対に連れておいで』って言ってたし」 ･･･嵐が来る。 もう何回も経験した筈の嵐の夜。マンションの建物を揺さぶるように吹いて行く、桁外れに強い風の音。 こうして立ってるフロアまるごと飛ばされてしまうんじゃないかと本気で思う。 誰かが傍にいてくれる。 大切な誰かとここにいられる。 その事がとても安心出来る。 ･･･To
be continued. |
