――

宮城さんちから、ほんの数分離れたビーチ。

ファンダイビングのお客のために、今晩はここでバーベキューパーティーが開かれていた。

島の人たちは、本当にバーベキューが大好きだ。

宮城さんは、

「娯楽がねーからさ」

って笑うけど…。

いつも驚かされるのは、バーベキューをしようが花火をしようが…
まるで何事もなかったように翌朝には、浜が見事に片づけられているコトだ。

食べかすひとつ、ビニールの切れ端ひとつ落ちてない。

『汚してくのは、いつもないちゃーの連中さ』

悪気のない本音も何度か聞いた。

世界的な透度の海も、この人達にとっては生活の糧。

高水温によるサンゴの白化も、オニヒトデの増殖も…

それがいかに尋常でないかを、この人達は痛切に感じてる。

「こらこら。こんな所で何やってんの」

適度にアルコールも回り始めて…

いわゆる“宴もたけなわ”状態の中。

トイレに行くフリをして、輪から離れようとした所を朋子さんに見つかった。

「トイレだったら向こうでしょ」

並木先生は、女の子達のログ付けに付き合わされてる。

ホロ酔い気分も手伝って、いつになく機嫌良く作業に付き合ってやっていた。

「珍しいわね、あの先生が」

「今日はマンタとウミガメにも会えたからね。十分満足したんじゃないの」

「へぇ…。よかったねぇ」

にっこり笑って…

朋子さんの隣を抜けようとする。そこを再び止められる。

「何？」

「『何？』じゃないわよ。一体何処へ行こうとしてるの」

「…学校の先生みたいなコト言わないでよ」

「あんたが怪しい行動してるからでしょ」

「酔い覚ましに静かな空気でも吸って来ようとしただけです」

「いいね、それ。私も一緒に行く」

「…」

妊娠してるって聞いてから…どうもこの人には逆らえない。

今だって…まだまだ目立つお腹でもないのに、ついつい視線はそっちへ流れる。

自分以外の、別の命を宿してる――

そのコトが…何だか、すごく眩しく思えて…

――

背中で大きく笑いが弾けた。

「テーブルの向こう側にさ、髪の長い女の子がいるでしょ…？」

おれが言う。朋子さんはうなずいた。

「『二人で会いたい』って言われたんだ、バーベキューが始まる少し前に」

「あら…」

朋子さんは目を大きく見開いて、まるでお買い得品を見つけた奥さんみたいに口元に手を当てニッコリとした。

「それはそれは…気がつきませんで。お邪魔しちゃうとこだったわね」

「そうじゃなくて――」

「…？」

「謀ったでしょ？朋子さん」

どうりでしつこく生春巻き作ってほしい、なんて念押しすると思ったんだ。

無理矢理おれと彼女に、一緒の時間を作らせようと謀ったりして。

「あははっ。バレてた？」

「バレバレです」

「だってさー、どうしてもって頼まれちゃって」

「それで仕掛け作りに、わざわざ那覇まで行ったワケ？」

「うん。だっていいコなんだよー」

「知り合いでもないくせに。どうしてそんな簡単に『いいコなんだよー』なんて言えるのさ。良く思われたい一心で、自分を作ってるかもとは思わないの？」

「うん…？」

朋子さんは、おれの言ってる言葉のイミがすぐには判らないみたいだった。

「会いたくない」

「え？」

「気分じゃない。今はそういう」

「…あれ。ごめん。気、悪くした？」

「そういうんじゃなくて――東京にいる時だったらまだしも…ここでは、そういう気分になれないだけ」

「…」

朋子さんは視線を戻すと、

「だったら、黙っていなくなったりしないで本人に直接言おうよ、それ」

「…いいよ。そんなの。面倒くさい。彼女たち、どうせ明日には帰っちゃうんでしょ」

「…」

「あのコ、あんまり遊んでるって感じじゃないし…モメると色々面倒だしさ。経験上、最初っから関わらない方がいいんだ、そういうのとは」

「…意外」

「…何がさ」

「拓君に似合わないよ、そういう言い方」

今度はこっちがムッとした。

――勝手に人をネタにしといて。『似合わない』って何なんだ。

自分ちのお客なんだから仕方ないのかも知れないけど、それならそれでシンプルに言ってくれればよかったんだ。

相手をしろって。そうすればいくらだってそうしたのに。

子供じゃあるまいし…ヘタな演出したりして。

…うっとおしいんだよ、そういうの。

「それは大変失礼しました」

ワザとらしく深く目礼。目を上げた。

「で？後は何をしたらいい？二人で会って、キスでもしてあげればいいのかな」

「…拓君」

「『似合う』とか『似合わない』とか勝手に決めて言わないでよ。朋子さんは何も知らないでしょ、おれの事」

「…」

「あなたは何にも知らないじゃない」

「こらこら」

声に棘を含み始めた時。入って来たのは並木先生だった。

ついさっきまで、女の子達の中にいたとばっかり思ってたのに…

いつの間に近くにいたんだろう。

「何モメてるんだ。せっかくみんなが楽しんでるのに。悪いね、朋ちゃん」

「ううん…私は――私もいけなかったみたいだし…」

二人がおれの方を見た。

答えずに、背中を向けて行こうとすると朋子さんが駆け寄って来た。

「ごめんね。拓君」

「…」

 

どうして――

どうしたら――

そんなに素直に…相手に謝るコトが出来るんだ…？

おれが勝手にムカついて、勝手につっかかってただけなのに…。

――ごめんね、拓君。

頭の奥に、祥子おばちゃんの声がする。

――だったらやめれば？親なんか。

――もともと、親らしいコトなんて何にもして来なかったんだし。

――今更なろうとするからおかしくなるんだよ。

びっくりした顔で振り向いて…うん、と微笑んだおばちゃんの顔。

『あの人は正真正銘、智紘君と浩平君のお母さんなんだよ。君が、智紘君の大切な親友だったのとおんなじに』

『君は･･･自分への後悔や嘆きの気持ちを、祥子さんに代わりに向けて、ぶつけているだけじゃないのかな･･･』

判ってる。

判っているよ――それくらい。

本当ニ…？

あいつが笑って訊いて来る。

『お前ハ、抱エテル現実ノ重サニ耐エラレナイ。ダカラおれガ来タンダヨ。おれナラお前ヲ守ッテヤレル。救ッテヤレル』

お前サエ、ソレヲ望ムナラ…

…

「――おい」

並木先生に小さく肩を揺すられる。

途切れかけていた意識が、その衝撃で引き戻された。

「…どうした。いきなり黙って」

「大丈夫…？何か顔色が…」

「…」

小さく首を横へと振った。

――こんな、自分。

汚い…弱い存在が、誰かに求められていい筈がない。

満たされない。

何をしても…満たされていい筈がない。

埋められていい筈がない。

救われたいと…

救われるかも、と…

そんなコト、願ったりしてはいけないんだ。

言葉が…途切れた。

――

気まずい空気を救うように並木先生が口を開いた。

「ところで…そろそろ満月、だよな」

朋子さんがうなずくと、

「拓。お前、珊瑚の産卵って見た事あるか？」

「珊瑚…？」

「珊瑚ってタマゴを産むんだぞ。知ってたか？」

…聴いたコトはあったけど――

「まさか…見られるの？ここで、今？」

並木先生はいたずらっぽく微笑んだ。

「まだ早いか…。もうしばらく、ってところかな」

ビーチから山道を10分程度上がった所。

この先は観光名所の展望台へと続く道が繋がっている。

座間味島は、綺麗な海のイメージから何となく穏やかな地形を想像するけど、実は陸地はアップダウンがキツくって、海辺の岩肌なんかを見るととても男性的な感じがする島だ。

「何だ、もう息が上がったか？」

「…じょーだんでしょ」

後ろを振り返った先生に、負けじと言い返して歩を進めてく。

気温は、夜とは言え30度を下っていない。

時折抜ける乾いた風が気持ちいい。

「満月の夜は潮の満ち引きが一番大きいからさ、珊瑚にとっては絶好の産卵ポイントというワケだ」

促されて海を見る。

宮城さんちの前からも見事に海が見渡せるけど、ここは更に高い分、より遠くまで見渡せる。

茂った草と、林の間にのぞく静かな海。

波に浮かんだ月の明かりが揺れている。

周りに余計な明かりがない分、満月の海はいつもよりずっと明るいように感じた。

「そっか…。潮に乗せてタマゴをなるべく遠くまで飛ばす…」

「そういうコト。タマゴと精子の入ったカブセルみたいなものを、その時期になると一斉に水面に向けて飛ばすんだ。明日あたりナイトダイブでもしてみるか。もっとも、肉眼ではなかなか判らないけどな。その時に水面がピンク色に見えるんだよ」

「へぇ…」

「中で見ると、これまたすごいぞー。ピンクのタマゴが次から次から…。まあ、タイミングといい出会いを海からもらえれば、の話だけどな」

説明しながら、先生はそこにある壊れかけたベンチに腰を下ろした。

さっきの…

朋子さんとのやりとりを何か訊いて来るのかな…。

思ったけれど、何もない。

先生は黙って、足を組んで海を見ている。

その事に…何だかひどくホッとする。

水平線の向こうに天の川。

散りばめられた満天の星。

その中を…流れ星が小さく駈けた。


･･･To be continued.


　　　　　　　　　　　　　　　　　　



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