| Ｓｙｎｃｒｏ 〜第六章 §6 |
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| “リベンジ。” 杉崎先生の顔を見た瞬間、とっさにそんな言葉が頭に浮かんだ。 だってあの時…先生は、けちょんけちょんに兄キに言われて―― 『まだ結婚した訳でもないんだろ。外からややこしい事して、好き勝手に引っ掻き回して、余計な点数稼ぎするんじゃねーよ』 恋人の筈の祥子おばちゃんにさえも、 『これは、私たち家族の問題だから』―― …だけど、先生がほんとにおばちゃんと結婚する気なんだとしたら。こんなコトくらいで負けてちゃいけない。そう思ってた。 先生は、おばちゃんが再婚に踏み切れないワケを浩平のせいだと思ってたんだ。 だから、何とか浩平を説得して自分たちのコトを許してもらいたい一心で、あいつの学校まで出かけて行って――。 結果はとんだコトになっちゃったけど、もしも先生のそんな行動がなかったら…浩平は全てを知る機会もなかったんだし、私があいつと色んなコトを話したり… 一緒に、智兄ちゃんへの思いとかを考えたりするチャンスもなかった。 自分で見つけた目標のためにどんどん進んで行く浩平を、私ってば、ただあせって… イライラして… 見送るコトしか出来なかったと思う(…まあ――今だって、そういう気持ちが全然ないってワケじゃないけど)。 そんな理由も手伝って、私的には杉崎先生を大いに応援したかったんだ。 何だか先生を見ていると… 誰かを好きでいるってことは、その人のために一生懸命何かしてあげたいって思ったり―― それが「何」とは判らなくても、何かしないではいられなかったり――。 「思いを伝える」ってコトが、ほんとは一番大切なんじゃないかって思い出させてくれる気がした。 「先生、どう？調子の方は」 「え？」 開口一番。私が訊くと、先生は顔を真っ赤にさせた。 「ど…ど、どうって――何が…」 「もうっ！祥子おばちゃんのコトに決まってるじゃないですか！」 更に真っ赤。 「お兄ちゃんが帰って来るのは明日だし、作戦タイムにはいい時機だよね。二回戦がんばってね！私は先生の味方だからね！」 「あのね、このみ。そのコトなんだけど…」 お母さんが口を挟んだ。 「杉崎先生は、あなたにぜひ力を貸してほしいっておっしゃってるの」 「？…私に？」 杉崎先生は、額の汗をハンカチで押さえながらうなずいた。 「僕に、拓君と２人だけで話をさせてもらえないかな…」 「お兄ちゃんと２人だけで…？」 先生は、決意の強さを表すように深く大きくうなずいた。けど――。 ――それって…ほんとに大丈夫？… この間の兄キの剣幕を見ていたら、事と次第によっては先生、ぶっとばされちゃうかも知れない。 あまりに露骨な不安顔に杉崎先生は慌てて言った。 「いやっ！あの…だから…その前に――このみちゃんから、訊いてみてもらえないかな。祥子さんの再婚に反対なのは、相手が僕だからダメなのか、再婚自体がダメなのか」 「…」 それも、判りきってると思うけど――。 いっそう露骨な不安顔で杉崎先生の顔を見る。 だって… お兄ちゃんは、おばちゃんが再婚するって聞いた途端あんなに怒っちゃったんだよ。 忘れもしない、私を無理やり引っ張って… 初めて見たくらいのすごい顔して… おばちゃんにひどい言葉を目一杯、叩きつけに行ったんだよ。 当然理由は、後者によると思うけど。 「このみちゃんは…どう思う？」 「え？何が？」 「彼はどうしてあんなにも、祥子さんの再婚に反対するんだろうか…」 「お兄ちゃんだけだったからね、智兄ちゃんから、全てを打ち明けられてた人って…」 「…」 「智兄ちゃんが、おじちゃんとあの飛行機に乗ったりなんかしなければ、事故に遭うコトもなかったんだし…乗った理由は、おじちゃんの不倫を何とかしたいって思ったからだし…」 「…」 「おばちゃんは、お兄ちゃんの気持ちを無視出来ないって言ってるけど…『そんなんで償いのつもりかよ』って、あの後も…お兄ちゃん、すっごく怒ってたんだ」 「そう…」 先生は、何だか妙にしんみりと悲しそうな顔をした。 「実は、僕…今の病院を退職しようと思っててね」 杉崎先生が言った。 「父親の医院を継ぐ事にしたんだ。今よりずっと辺ぴで、ちっちゃなとこなんだけど…」 照れくさそうに頭をかくと、 「そこに、祥子さんに一緒に来てほしいって思ってるんだ」 ――へぇ… と、言いかけて。 「ちょっ…ちょっと待って！」 ――というコトは。 杉崎先生と結婚したら、祥子おばちゃんもここからいなくなっちゃうってコト！？ 「…祥子おばちゃんはその話――」 「知ってる。『半永久的に保留』って言われちゃったけどね。…結婚したら、今より苦労させるのは目に見えてるけど…僕は、ぜひとも彼女に一緒に来てほしいんだ」 「先生のお父さんの医院って…場所、何処なんですか？」 「北海道」 「…」 お母さんは既にもう、その話を先生から聞いてたみたいで『そうなのよ！』って相槌代わりに私に向かってうなずいた。 どうしよう…。 またまた聞いてしまった。浩平もまだ知らない話。 でも… きっと今のあいつなら――迷ったりなんかしないんだろうな。 『おふくろの好きにすればいいんじゃない？』って… まるで隣の街に移るみたいな気軽さで、あっさりうなずいちゃったりしちゃうんだろう。 けれど―― …祥子おばちゃんがいなくなる。 私の大切な思い出が、またひとつここからいなくなる…。 「…ごめんね、このみちゃん」 杉崎先生の申し訳なさそうな声で我に返った。 「こんな話、拓君にしたら…僕、ほんとにぶっとばされちゃうよね」 「…」 私は、先生の顔を見た。 「いいじゃない？ぶっとばされちゃえば」 「…え」 「それでお兄ちゃんに許してもらえるんだったら安いものだよ。覚悟決めちゃえば？先生」 「…そ、そうかな」 ――それくらいじゃないと… それくらいの覚悟を兄キに向かって見せないと…おばちゃんのコトは奪えない。 おばちゃんがいなくなっちゃうのは寂しいし… 杉崎先生は、ちょっと頼りない感じの人だけど… 憧れの祥子おばちゃんが、幸せになってくれるんだったらそれでいい。 たくさんの辛い思いを抱えながら、今までやって来たんだもの。おばちゃんには今度こそ、本当に本当に――大切にされて暮らしてほしい…。 ね、先生。 私は力一杯にっこりと、先生に向かって笑って見せた。 時計が、夜中の１時を回った。 …机に広げた雑誌のページに、いつの間にか顔をうずめて… いけない。寝ちゃってたんだぁ、私…。 大きなあくびをひとつした。時計をも一度確かめて、ケータイを取り出す。 八時間の時差だから… この時間にメールをすれば、あいつと話が出来るかも。 もう…浩平との間に秘密を持つのは何としてもイヤだった。 杉崎先生のこと。 祥子おばちゃんを連れて、お父さんの医院で働きたいって言ってたこと。 おばちゃんは、浩平にはたぶん何も話していない。私にも、お母さんにさえも話していないくらいなんだもの。 けど。 だけど…。 『半永久的』っていうコトは、『永久的』とは意味が違ってる。絶対ムリ、ってワケではなくて、ほんのちょっとの可能性がそこにはまだ残されていて… もしかしたら――とか、うまくすれば――とか、そんな程度の可能性ならあるかもね、ってコトじゃない？ ――『私、今度だけは絶対に、拓君の気持ちは無視したくないんだ』 …もしも。お兄ちゃんの気持ちが変わったら。 お兄ちゃんが堂々と、おばちゃんと先生の仲を認めてくれれば。 そのために、私達に出来ることってないのかな…。 あさっては、智兄ちゃんの四回目の命日だ。夏休み前のあの時以来、一ヶ月ぶりにみんなが揃う。智兄ちゃんがくれた絶好のチャンス。これを逃すテは絶対ない。 杉崎先生の決心が鈍ってしまわないウチに、浩平にメールして打ち明けて… 相談しなきゃ。これからのこと。 兄キの飛行機は昼過ぎに羽田に着くって言ってた。 浩平は15時成田着。 ここで話し合っておかないと、兄キと杉崎先生をどんな風に会わせていいか判らない…。 ボタンに親指をかけた時だった。 突然辺りに響く着メロ。 …えっ？！えっ？！ 真夜中の部屋には、エアコンの音が小さく聞こえるだけだった。びっくりして、思わず電話を落っことした。 ――こっ…浩平？！ 床に落ちたケータイの表示画面を見て驚いた。 10年以上幼馴染みをやって来て、ここまでタイミングの合ったコトって、未だかつてあっただろーか。ないと思う。絶対に。 「もっ…もしもし？！」 柄にもなく声が上ずる。 「こっ、浩平？！浩平なのっ」 「…あ」 電話の向こうは正反対に、何とものんびりしたくぐもった声。遠く離れた外国の空。ドイツという、遠いよその地にいるあいつの声。 「…悪い。起こした？」 「へーきだよ、まだ起きてたもん。…どうしたの、いきなり。びっくりしたよ」 「いや…別に」 「『別に』ってね、こっちが今何時だか判って言ってるんだとしたら犯罪モンだよ、その行動！」 「うるさい！何だよ、せっかく声でも聞いてみようかと思って電話したのに」 「…聞かせてやろーかの間違いでしょ」 「…明日帰るしさ。そう思ったら、ちょっとどうしてるかなって思っただけだよ」 「…」 え？ 今――何て言った？こいつってば。 「ケータイで国際電話ってかけられるんだな。雅巳に教えてもらったんだ」 「萩原君も元気にやってる？」 「ああ。元気すぎるくらい元気」 「さては浩平よりいい成績出したんでしょ」 「…どうしてそうなるんだよ。見てもいないのに」 「見てなくたって判るもん」 「…」 「？何よ」 「――まあいいや、あと少しで会えるんだし。二回鳴らして出なかったら切ろうと思ってたんだ。じゃあな」 「あっ！ちょっと…ちょっと待って！話があるの！」 慌てて声を張り上げた。浩平は心底面倒くさそうに、 「これから朝メシ食って来なきゃなんないんだよ」 「朝ごはんどころじゃないってば！そんなコトより大事な話。ほんとに大事な話なの！私も今までそれをメールしようと思って起きてたんだよ！」 「…」 いかにも不服そうな気配を耳元に感じる。 こういうところ。全然いつものあいつと変わってない。 …もう。さっきはヘンなこと言うから、不覚にもドキドキしたじゃない…。 気を取り直して。 |
